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2018.02.01

思い出のボールペン

 今回は、モンブランのボールペンの思い出をお話しします。
私は筆記具が好きです。特に万年筆が好きです。渡邉医院はまだまだ紙カルテで、いつもカルテは万年筆で書いています。万年筆で書くと、何となく字がきれいになった感じや、趣がある感じがして好きです。でも正直字がきれいとはいえません。医者はカルテに急いでグジャグジャ書くのも字が下手になる原因かなと言い訳っぽく思っているのですが。
 人のことは言えませんが、父も決して字がうまく、きれいだったとは言えませんでした。モンブランの万年筆を使うと、いつも父も私と同じように「字がうまくなった気がする。」と言っていました。そんなこともあって、父はいつも万年筆で原稿を書いていました。
 父はいつも背広の胸ポケットの中に重たいのに3本は万年筆をさしていました。
 私もモンブランが好きで、万年筆を持っています。シンプルなデザインの美しさもありますが、これからお話しすることも好きになった原因かなと思います。
 私が小学校の3年生だった9歳のときですが、父が母と一緒に、日本住血吸虫症という病気についてルクセンブルグで開催された国際学会で「日本住血吸虫卵子の介在せる横行結腸癌」について発表し、ヨーロッパ旅行にいったときのことです。このころはまだ山梨県の甲府市に住んでいました。
 日本住血吸虫症は、日本住血吸虫という寄生虫が人に寄生することで起きる病気のことです。流行地として山梨県の甲府盆地があり、父が甲府市立病院に勤務していたこともあって研究していたのだと思います。
 9歳の私と5歳の妹。母方の叔母と祖母が私たちの面倒をみに甲府に来てくれたのですが、初めての3週間もの長期の留守番でした。裸足で家出をした妹を探しに行ったことは覚えていますが、叔母、祖母ともに迷惑をかけ、大変な思いをさせたんだろうなと想像します。
 そんななか、両親が買ってきてくれたお土産がモンブランのボールペンでした。その当時は1ドルが360円という時代で、海外に持ち出すことができるお金も限度額が決まっていたころでした。
 父は、「ちょっと大人びたお土産にしよう。」と9歳の小学生にモンブランのボールペンを買ってきてくれました。子供が使いやすいようにと思ったのか、約13cmの長さの細めのボールペンでした。「K.W」のイニシャルも入っています。48年たった今でも使っています。
今も、そのボールペンを横に置いて、眺めながらこの原稿を書いています。
 幼かった私にとって、両親の思惑どおり、大人びた、そしてイニシャルも入っていて、とても貴重なものと感じていたのでしょう。この48年間どこにもいくことはなく、私の手元にありました。
 このボールペンに最大の危機がありました。今から18年ぐらい前でしょうか、昔の診療所が今の診療所に改築した後のことです。
 うまく説明できないのですが、ボールペンの芯を出す方法が少し変わっていて、ボールペンのクリップの部分に上下に動く金具があって、この金具を上下さすことで、ボールペンの芯を出したり、ひっこめたりするような仕組みになっています。
 この金具が、長年の劣化で折れてしまいました。一瞬のことで、折れたときはとてもショックでした。この時点で、すでに30年以上もたっているので修理はもうできないのではと諦めていました。
 「ずいぶん古いので、もう部品がありませんので修理はできません。」という返事を覚悟して、ダメ元で、修理してもらえるかどうかお店に持っていきました。そうすると、「大丈夫ですよ。お直しします。」と修理してもらうことができました。修理ができたとの連絡を受けて取りに行くと、元の通りの姿になっていました。とてもうれしく感じました。
 私も京都に帰ってきたとき、もう23年ほど前になりますが、奮発してモンブランの万年筆を買いました。結構迷いながら、汗をかきながら手に取って選んだ記憶があります。毎日、診療の時にも使っているので、たまに落としてしまったりして、具合が悪くなる時があります。
 修理に万年筆をもって行くときに、父からもらったボールペンも一緒に持っていきました。「ありがとうございました。」の一言しか言えていなかったので、父からもらったボールペンのことを話して、もう一度感謝の気持ちを伝えたかったという気持ちでした。
 お店の方に父からのボールペンの話をして、本当にうれしかった気持ちを伝えたところ、お店の方が、「とても大切な思い出の品なんですね。直ってよかったです。またなにか具合の悪いことがありましたらまた持ってきてください。お直ししますから。」と言った言葉に心がぐっと来てしまいました。その帰りはとても晴れ晴れしい気持ちでした。
 誰にでも私のようにいろんな思い出の品があると思います。そんな大切な品が壊れたとき、それを直してくれる、そしてその品を直すだけでなく、思い出や記憶を守ってくれる、そんな素敵な店や職人はなくならないでほしいと願います。

 

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