10月11日に、「こどもの不登校・行きしぶりとどう向き合うか~コロナ禍を超えて」というシンポジウムが開催されます。
『「こどもの不登校・行きしぶり」が起こった時、驚いたり、「なんで?」と責めたくなったり、見通しがもてなくて、 どうしたらいいのか分からくなりますよね。こどもたちがどんな環境にあるのか、どんなことを思っているのか…私たち はどう向き合ったらいいのか、みなさんとともに考えてみたいと思います。』という内容です。
そこでの開会の挨拶を依頼されました。今、どんな話をしようかととても悩んでいます。
そんな時にフッと私が小さい頃のことを思い出しました。今回のシンポジウムとはあまり関わりがないのですが、少し思い出したことをお話しようかなあと思います。
私がまだ小学生のころ、3年生か4年生だったと思います。その頃、美術(当時は図画・工作だったかなあとも思いますが・・・)の授業は2時限続けての授業でした。その日は2時限かけて何かの絵を描く授業でした。でも私は2時限、何も絵を描かずに、白紙のまま提出しました。そのことについて後日、母が先生に呼ばれて、「2時限あったのに、賢治君は何も描かずに、白紙で提出しました。家庭での情操教育が良くないのではないですか?」という風な先生からの指摘だったようです。その指摘に母は、「気が向かなかったのではないですか?描きたくなかったんですよ。」と答えて帰ってきました。家に帰ってきた母が私に言ったのは、「どうして2時間もあるのに絵を描かなかったの?」のような私を責める言葉ではなく、こんな言葉でした。「失礼してしまうわ。情操教育が良くないのではないですか?ですって。絵は気が向かなかったら描けないわよね。」と言う風な言葉でした。
小学生の頃は、バス通学でした。バスの中は私たち小学生でいっぱい。小学生が集まればどうしても声が大きくなってしまいます。一緒に乗っていた先生が、学校のバス停で降りると、声を大きくしゃべっていた私たちの定期券を取り上げ、「明日からあなたたちは、バスを使わず、歩いて通学しなさい。」と。私たちも、はしゃいでいたのは悪かったなあと感じました。
でも私たちにとって、定期券を取り上げられ、歩いての通学はバス通学以上にとても楽しいものでした。私が一番学校から遠かったのですが、仲間と待ち合わせをしながら歩いて学校。とても楽しい登校でした。
また学校が終わって帰るときも、寄り道しながら、そして友達の家によって遊びながら楽しく帰宅。途中で田んぼにいるカエルを採ったりして、家に着くのは夕方。返ってきた父親と一緒に、かわいそうですが、採ってきたカエル一匹が犠牲になって解剖。動いている心臓を生理食塩水につけ、しばらく動いている心臓を観察したり、足に繋がる神経を刺激すると足の筋肉が収縮。いつもと違った生活。先生に悪いのですが、定期券を取り上げられたことで、いろんな経験が出来て、楽しい日々でした。
先生から定期券を返してもらう日。先生は、「バスに乗れないと大変でしょう!これからはバスの中では静かにして乗りましょうね。」と。私達は「ハイ!」と返事をしましたが、定期券がない時、とても楽しかったとは言えません。
子供が感じることと、大人が感じることにはやっぱり違いがあるのだなあと思います。子供は、自分の置かれている環境で楽しく過ごすことが出来るようになっているのではないかと思います。無理やり大人が押し付けることは無いんだなあと思います。
また、私の記憶では、両親に「早く〇〇しなさい!」とか、「勉強しなさい!」。また「大学はどこを受験するの?」などあまり言われた記憶がありません。きっと親はやきもきしていたに違いありません。でも、私を根気よくずっと待っていてくれたのだと思います。
「待つ」ということはとても難しいことだと思います。何もせずにずっと待っている。口出しするのをグッとこらえる。大変だと思います。でも子供にとっては親が「待つ」ということをしてくれることは、とても大切なことなのかなあと思います。