開業して、勤務医時代と違うところは何かというテーマでの原稿を依頼されました。今回はいいきっかけかなあと思い、開業して勤務医時代とで大きく違ったところを考えたことをお話します。
京都に帰ってくる前は、大学病院の救命救急センターに勤務していました。医師、看護師、検査・レントゲン技師など様々な職種の人達と一緒に、そして密接に連携しながら、一つのチームとなって有機的に救急救命センターに搬送されてきた1人の患者の命を救っていく。人の生死の狭間でみんなの力を結集して戦っていく。そんな医療をしてきました。
そのような医療の中で、どうしても人の死ということを真摯に受け止めなければならず、そして、人の死から決して逃げることが出来ない、そんな立場にいました。とても大事な、そして、やりがいのある仕事でした。
そのような中、父が急に病気で倒れ、京都に帰ってくることになりました。父の後を継ぎ、肛門科を継承しました。肛門科という診療科上、人の死に直面することはなくなりました。ただ、麻酔をして患者さんの体にメスを入れるという医療行為は行わなければなりません。ある意味、患者さんの命に係わる行為は今でも行っていることは自覚しています。
でも救命救急センターにいたころの様に、人の死を診療で感じることは少なくなりました。しかし反対に、これから生きて行く中で、いかに快適に、生活の質を良くしていくかということを追求していくことになります。このこともとても大切なことで、やりがいのある仕事です。
また患者さんが治療の良し悪しを自覚することができる診療科です。病気もそうですし、手術や治療を行った後、必ず症状が出ます。痛いとか出血するとか、必ず患者さん自身が感じる症状がでます。治療の良し悪しがしっかり現れる診療科です。そういった意味でもやりがいのある仕事だと感じています。
さて、開業して勤務医時代との一番の違いは何かを考えてみました。おそらく一番の違いは、患者さんとの距離が勤務医時代と比べて、すごく近くなることではないかと思います。
大学病院での勤務医時代は、外来、病棟と役割分担があります。入院患者さんも病棟担当のグループに分けてチームでみる。外来から入院、そして手術。手術が終わって退院した後の外来通院。勤務医時代ではこの一連の経過を一貫して診ることはできませんでした。病棟にいたときは患者さんが入院して手術をして、そして退院までの期間での患者さんとのつながりです。
しかし、開業すると、ガラッとこの体制が変わります。外来にきた患者を診察し、診断し、自ら治療方針をたてる。手術が必要な場合は入院してもらい手術をする。このように、一人の患者さんを一貫して自分自身が診ていくことができます。このことは患者さんにとっても、とても安心感につながると思います。
また自分の理想とする医療のビジョンを持ちそれに向かって自らの力で進むことができます。そしてさらにそのために、勉強もし技術を高めていく。そういったことを通じて患者との関係、そして地域とのつながりを感じることができる。ここに勤務医時代とは違った喜びを見出すことができるのだと思います。
ただ開業するとやはり経営のこと、そしてスタッフの生活のこと、自分の家族のことを考えると、決して楽しいことばかりではありません。結構辛いことの方が多いかなぁって思います。でも、その大変さも勉強になり、そのことも楽しさの一つになるかなとも思います。
勤務医の頃、決して責任がなかったとは言いませんが、患者さんのこと、医療のことだけを考えていました。
開業すると、どうしても、患者さんや医療のことだけを見て、そして考えていけばいいとはなかなかいきません。患者さんや医療のことだけでなく、全てのことに責任を持たなければなりません。でも、この責任も楽しさの一つになるのかなあと思います。
また、先ほども描きましたが、自分自身がしっかりした、ビジョンを立て、自分がしたい事は何か、何を求めて開業したのかを持たなければなりませんし、それを実現していく過程が、とても大切で楽しいんだと思います。
どのような医療を提供していても、その意義をしっかり受け止め、常に今以上の医療を提供していくことを目指すことを、そのことを私達医師には求められ、そのことに私達の存在意義を感じ、生き甲斐としている。このことを決して忘れてはいけないのだと感じます。