今回は、「側方皮下内肛門括約筋切開術施行前後の最大肛門静止圧の経時的変化について」の論文を紹介します。
裂肛は便秘や下痢などで排便時に肛門に傷がつく病気です。初期の場合は、排便の状態を良くして原因を取り除くことで裂肛は軽快していきます。
転んだ時の怪我と一緒で、排便の状態が良ければ治っていきます。でも切れたり治ったりを繰り返すことでだんだん慢性の裂肛になっていきます。この慢性化していく原因は、排便時の痛みを繰り返すことで、内肛門括約筋の緊張が強くなっていくことで、内肛門括約筋の緊張をとり、正常にすることで裂肛は治っていきます。裂肛を外科的に治す手術方法の一つが、側方皮下内肛門括約筋切開術です。
字が示すとおりに、肛門の横に約5mm程度(メスが挿入できる程度の傷)の皮膚切開を入れ、そこからメスを挿入して、緊張の強くなった筋肉を切開して、正常の緊張に戻す手術です。この側方皮下内肛門括約筋切開術を施行することで、内肛門括約筋の緊張の程度がどう変化していくかを、内肛門括約筋の緊張の程度を反映する最大肛門静止圧を測定し検討した論文です。
「側方皮下内肛門括約筋切開術施行前後の最大肛門静止圧の経時的変化について」
日本大腸肛門病学会雑誌 第58巻 第3号 164-168 2005
抄録
裂肛に対して術前の最大肛門静止圧(以下MARP)の違いで、側方皮下内肛門括約筋切開術(以下LSIS)がどのようにMARPの低下に影響を与えるか検討した。対象:対象は、H10年9月〜H15年3月までにLSISを施行した154例(男性50例、女性104例、平均年令41.8才)。方法:術前、局所麻酔後、LSIS施行直後、治癒時にMARPを測定。術前のMARPでA群(100mmHg未満)、B群(100-150mmHg未満)、C群(150-200mmHg未満)、D群(200mmHg以上)の4群に分類。局所麻酔後、LSIS施行直後、治癒時の低下度について比較検討した。結果:局所麻酔後の低下度はA群で有意に小さく、LSIS施行直後の低下度は各群間に有意差は認めなかった。治癒時の低下度は、術前のMARPが高いほど有意に大きかった。まとめ:術前のMARPが高いほど治癒時の圧が有意に低下し、また、MARPの術前、術中の経時的変化をみることが、LSISを施行する際に重要であると考える。
論文
はじめに
裂肛は、肛門疾患の中で頻度が多く肛門の3大疾患の一つとされている。1)裂肛の治療は、とくに急性期においては排便のコントロールなどの原因の除去や外用薬などによる保存的療法である。しかし、保存的療法でも効果が得られないものや、再発をくりかえすもの、また疼痛が原因で内肛門括約筋の緊張が強くなったり、内肛門括約筋の炎症によって線維化が生じ、肛門管の進展性が失われて器質的な肛門狭窄をきたしたものに対しては外科的処置が行われている。1)治療のポイントは、内肛門括約筋のspasmの除去と、線維化によって失われた肛門管の進展性を取り戻し、排便をスムーズにすることにあるとされている。2)
裂肛の外科的治療の第一選択として現在、側方皮下内肛門括約筋切開術(以下LSISとする)が主におこなわれている。1)LSISは、内肛門括約筋の緊張をとり、最大肛門静止圧(以下MARPとする)を下げることを目的としている。裂肛の治療方針を立て、LSISの適応を決めるのに肛門内圧測定が有用であり、内圧の高い症例においてLSISが有効であるとの報告がある。3)われわれは、MARPの測定はLSISの適応を決めるだけでなく、MARPの術前、術中の経時的変化をみていくこともLSISを施行する際の括約筋の切開の程度を判断する一つの方法になるのではないかと考えた。そこで、術前のMARPの値の違いによって、局所麻酔後やLSIS施行直後、さらに治癒時のMARPが経時的にどのように変化していくか測定し、局所麻酔やLSISがMARPに及ぼす影響について検討した。
対象
対象は、平成10年9月から平成15年までに保存的療法で軽快しなかったり、肛門ポリープなどを合併した慢性裂肛に対してLSISを施行し、1)術前(LSIS施行前)、2)局所麻酔後、3)LSIS施行直後、4)治癒時のそれぞれのMARPを測定した154例、男性50例、女性104例、平均年令41.8才とした。裂肛の箇所は、1箇所が109例、2箇所が36例、3箇所が9例であった。また、裂肛の部位は大きく前後左右の4方向で分けると、1箇所裂肛では前方24例、後方84例、右側1例であった。2箇所裂肛では、前・後方30例、後・後方4例、右側・後方2例であった。3箇所裂肛では、前・後・右側が7例、前・後・後方が1例、左・右・後方が1例であった。
なお、現在のところ全例治癒しており、再手術を要した症例は認めなかった。LSIS施行直後とは、術中にLSISを施行した直後であり、治癒時は、排便時の出血や疼痛がなく、自覚症状がなくなった時点とした。
最大肛門静止圧の正常値は各施設によって多少異なるが、正常値の上限が100mmHg以下が多く、4~6)当院でも100mmHgを正常の上限としている。
方法
術前(LSIS施行前)、局所麻酔後、LSIS施行直後、治癒時のMARPを測定。術前のMARPから154例を、A群(100mmHg未満)、B群(100mmHg以上150mmHg未満)、C群(150 mmHg以上200mmHg未満)、D群(200mmHg以上)の4群に分類した。次に、術前のMARPと比較して、局所麻酔をすることで術前のMARPの何%になったかを局所麻酔後の低下度として、局所麻酔後の低下度:局所麻酔後MARP/術前MARP×100と定義した。同様に、LSIS施行直後の低下度:LSIS施行直後MARP/局所麻酔後MARP×100、治癒時の低下度:治癒時MARP/術前MARP×100とそれぞれを定義して、A、B、C、D群間で比較検討した。
肛門内圧検査にはコニスバーグ社のカテーテル型圧力トランスデューサー(Model No.P31)を用い、被験者を左側臥位にしてトランスデューサーを挿入し、引き抜きで内圧を測定した。
手術の際の体位も左側臥位で行い、全例局所麻酔下で手術を施行した。局所麻酔薬は1%塩酸プロカインを用いて、まず肛門縁にそって皮下に全周にわたり浸潤麻酔を行い、次に内肛門括約筋に対して6時の方向から1mlづつ全周に局所麻酔を施行し、計20 ~30 ml局注する。局所麻酔後に全例にストレッチングを施行した。方法は、用指で前後左右にストレッチングを施行し、さらにアイゼンハンマー氏型肛門鏡を挿入して、3~4回ストレッチングを行う。またアイゼンハンマー氏型肛門鏡が挿入出来ない程度の狭窄がある場合には、用指のみのストレッチングとした。LSISはNotaras法で行った。肛門鏡を内肛門括約筋が索状に触れられるまで拡張し、肛門の3時の方向からNo10の円刃メスを内肛門括約筋に平行にして肛門上皮下に歯状線の手前まで挿入する。メスの刃を外側に向けて内肛門括約筋を切開する。切開の深さは、示指で切開部を圧迫して段差が感じられるまで切開した。LSIS施行後、二横指が柔らかく肛門内に挿入出来る程度に緊張をとった。術者およびMARPの測定者は、全例同一術者、測定者である。
統計学的な検討は、A、B、C、D群の4群間における分散分析を行ったうえで、各2群間の比較にはポストホック・テストで行い、p<0.05をもって有意差ありとした。
結果
A群24例、B群70例、C群41例、D群19例であった。治癒までの期間は、A群22.8±6.0日、B群25.3±8.9日、C群23.8±9.7日、D群25.3±8.1日で、各群間に有意差は認めなかった。
1)4群のそれぞれのMARP
局所麻酔後のMARPは術前のMARPが高いほど高く、D群では41.1±29.5mmHgとC群以外で有意にMARPが高かった。LSIS施行直後のMARPはB群とD群との間のみで有意差を認めた。(p=0.0073)治癒時のMARPはA群が他の群と比較して有意に低かった。
2)局所麻酔後の低下度
A群33.8±18.1%、B群22.7±12.8%、C群22.0±11.5%、D群17.9±12.6%であった。A群と比較してB群、C群、D群でそれぞれ有意に低下度が大きかった。(p=0.0006、p=0.0009、p=0.0002)
3)LSIS施行直後の低下度
A群62.0±31.3%、B群58.2±33.2%、C群53.2±25.2%、D群69.6±36.1%であり、それぞれの群の間で有意差は認めなかった。
4)治癒時の低下度
A群106.2±34.9%、B群81.9±25.8%、C群64.5±21.3%、D群52.9±21.6%であった。A群B群間、B群C群間、B群D群間でそれぞれ有意差を認め、(p=0.0001、p=0.0008、p<0.0001)C群D群間のみ有意差を認めなかった。
考察
裂肛に対する外科的治療の第一選択として現在、主に行われているのはLSISである。1)LSISを施行する際の要となるのが括約筋の切開の程度である。全長にわたる切開は避けるべきで内括約筋下端1/3〜1/2を目的とする1)との意見もある。しかしながら、どの程度までの内括約筋切開を行うべきかやMARPとの詳細な関連性については確立されていない。今回はNotaras法で同程度の切開を行った上で、MARPの詳細、つまり術前、局所麻酔後、LSIS施行直後および治癒時のMARPを測定しLSISとMARPの変化について検討した。
今回の結果では、術前のMARPが高い群で治癒時の圧の低下が有意に大きかった。これに対して、LSIS施行直後のMARPの低下については、各群間に有意差は認めなかった。術前のMARPが高い症例では、疼痛によって内肛門括約筋のspasmが生じ、内肛門括約筋の緊張が亢進した状態に加え、内肛門括約筋の炎症によって線維化が生じ、肛門管の進展性が失われ器質的な狭窄をきたした状態であると考える。これに対して術前のMARPが低い症例では、内肛門括約筋の緊張は亢進した状態であるものの、まだ内肛門括約筋の線維化がすすんでなく、器質的な狭窄がおきていない、まだ柔らかい状態であるのではないかと推察する。このことは、組織学的に、裂肛の初期の段階では表皮の脱落、潰瘍底の出血、間質の強い浮腫、好中球を中心とする炎症性細胞浸潤、小静脈の鬱血、血栓形成などの亜急性潰瘍の所見であるのに対して、慢性化してくると、周囲の静脈叢内の鬱血、血栓形成、間質内の円形細胞浸潤、さらに線維性の増殖、皮下組織の肥厚、瘢痕形成の像が著明になってくる7)ことに一致していると思われる。また、肛門管の静止圧には、肛門括約筋のうち内肛門括約筋が80%の影響を与えているとされている。3)LSISを施行する際に局所麻酔を施行した後も局所麻酔後のMARPは術前のMARPが高い群で高値であった。このことは、最大肛門静止圧の圧の高さには内肛門括約筋の緊張以外にも内圧に影響を与える因子があるのではないかと考える。線維化や瘢痕形成などもその要因になるか今後検討が必要だと考えるが、裂肛の治療には内肛門括約筋の緊張以外の要因も取り除く必要があると考える。したがって、術前のMARPが高い症例ではLSISで内肛門括約筋の緊張の亢進した状態をとりのぞき、線維化をおこし器質化した内肛門括約筋を切開することもMARPを下げることに強く影響を与えたと考える。LSIS施行直後のMARPの低下度に各群間に有意差を認めなかったのは、LSISを施行することで、内肛門括約筋の緊張が亢進した状態をとりのぞいたことだけがMARPに反映されたのではないかと推察する。以上より、MARPの術前、術中の経時的変化をみていくこともLSISを施行する際の括約筋の切開の程度を判断する一つの方法となると考える。
今回の検討では、LSISを施行した全例が治癒しており、再手術を要した症例は今のところ認めていない。また治癒までの期間についても4群間に有意差を認めなかった。しかしながら、D群では治癒時のMARPが120.9±46.8mmHgと当院で正常の上限としている100mmHg以上である。このことから、治癒時のMARPを正常の上限としている100mmHg以下にしなければ再発の可能性が大きくなるのか、また正常値の上限以下にしなくても治癒していくのならば、術前のMARPの何%までMARPを下げれば治癒するのか、今後各群間での再発の有無、またその再発の頻度に差がでてこないかフォローアップしながら、さらに検討していく必要があると考える。
文献
1)岩垂純一:裂肛の病態と、その治療:最近の知見を中心に. 日本大腸肛門病会誌 50:1089-1095, 1997
2)住江正治, 石田 裕, 坂田寛人ほか:裂肛の手術療法. 日本大腸肛門病会誌 30: 410-414, 1977
3)長谷川信吾:裂肛治療に対する肛門内圧測定の意義–側方皮下内括約筋切開術の適応について-. 日本大腸肛門病会誌 46:48-53, 1993
4)河 一京:直腸肛門内圧同調 Videodefecography による排便障害の検討ー Rectoceleを中心に.日本大腸肛門病会誌 48:289ー300,1995
5)Jen-Kou Lin:Anal Manometric Studies in Hemorrhoids and Anal Fissures.Dis Colon Rectum 32 :839-842,1989
6)M.Pescatori,G.Maria,G.Anastasio,et al:Anal Manometry Improves the Outocome of Surgery For Fistula-in-Ano.Dis Colon Rectum 32:588-592, 1989
7)荒川廣太郎:裂肛の成因と病理.日本大腸肛門病会誌 30:391-395, 1977