今回は、内痔核に対して結紮切除術を行う前と治癒したときの最大肛門静止圧の差について検討した論文を紹介します。
手術を行ったあと、どうしても排便時に痛みを伴います。この痛みが原因で内肛門括約筋の緊張が強まり、このことも痛みの強さに影響してきます。裂肛が排便時の痛みを繰り返すことで、内肛門括約筋の緊張が強くなり、慢性化していくのと同じ理由です。いかに術後の痛みをとって、内肛門括約筋の緊張が強くならないようにしていくか。このことが、内痔核に対して結紮切除術を行った後、重要になってきます。この論文では、0.5%ニトログリセリン軟膏が出てきますが、ニトログリセリンは内肛門括約筋の緊張をとる作用があります。このニトログリセリン軟膏の使用による影響も検討しています。
次回はこのニトログリセリン軟膏についての論文を紹介しようと思います。
「結紮切除術術前と治癒時における最大肛門静止圧の差についての検討」
日本大腸肛門病学会雑誌 第57巻 第3号 169-173 2004
抄録
結紮切除術(以下LE)の治癒時の最大肛門静止圧について検討した。対象:H10年8月〜H14年2月までにLE施行した581例。(0.5%GTN軟膏使用群455例、不使用群126例)方法:術前と治癒時の最大肛門静止圧を測定。①術後疼痛の程度②静止圧の差についてLE施行個数で比較。結果:①術後疼痛は1箇所LE施行例で軽度であった。②0.5%GTN軟膏使用例では、1箇所LE施行例で治癒時の最大肛門静止圧が有意に低下し、不使用例では有意差を認めなかった。0.5%GTN使用例では2、3個所施行群で治癒時の内圧が術前より有意に高かった。0.5%GTN軟膏使用例で1個所LE施行群で有意にA群が多かった。結論:臨床症状上の治癒時に最大肛門静止圧が高いのは、術後疼痛の影響などで、内肛門括約筋の緊張が高いためである。術後は0.5%GTN軟膏などで疼痛を十分に取り除き、内肛門括約筋の緊張を緩和することが必要であると考える。
論文
はじめに
内痔核に対して結紮切除術(以下LEとする)を施行した際に、どの時点で治癒と判断するかについてはとても難しい問題である。治癒に関しては、浸出液が消失し、全ての創が上皮形成されたときとする報告1)があるが、LE術後の治癒について、明白な定義を記述している報告はない。現時点で、我々は、排便時の痛みや出血がなくなり、創が閉鎖し、患者側の自覚症状がなくなった時点を「治癒」と判断し、診療を終了している。しかし、一端「治癒」したと思っても排便の具合などで再度排便時痛が出現してきたり、場合によっては裂肛様になってしまうことも経験される。また、「治癒」と判断した時点で器質的な狭窄を認めないにもかかわらず肛門の緊張が強いと感じ、実際に最大肛門静止圧が高くなっている症例もある。このような経験から、術後の疼痛が臨床症状的に治癒と判断した時点での最大肛門静止圧にどのように影響するかについて検討した。
対象および方法
対象は、平成10年8月から平成14年2月までにLEを施行し、術前と臨床的治癒時の2回で最大肛門静止圧を測定した581例(男性336例、女性245例、平均年令55.9才)である。このうち、術後に0.5%ニトログリセリン軟膏(以下0.5%GTN軟膏)を使用した症例は455例(男性284例、女性171例、平均年令53.5才)、0.5%GTN軟膏を使用しなかった症例は126例(男性52例、女性74例、平均年令50.9才)であった。0.5%GTN軟膏を使用しなかった症例は、日帰り手術の症例と0.5%GTN軟膏の副作用で使用できなかった症例である。0.5%GTN軟膏の使用は、排便時の疼痛がとれてくる術後7日から10日間とした。
方法は、術前と治癒時の2回で最大肛門静止圧を測定。以下の3項目について検討した。
臨床的治癒時の定義は、排便時の疼痛や出血がなくなり、ドレナージ創が閉鎖し、患者側の自覚症状がとれた時点とした。
1)術後3時間後の疼痛を以前の報告2)にしたがい「痛くない」、「少し痛い」、「痛い」、「とても痛い」の4段階に分類し、さらにLE施行個数と痛みの程度を比較した。
2)LE施行個数で術前と臨床的治癒時の最大肛門静止圧を比較した。
3)術前と比較して、臨床的治癒時の最大肛門静止圧が術前以下に低下した群(以後A群)と術前より上昇した群(以下B群)に分類し、LE施行した内痔核の個数との関連性を比較検討した。
肛門内圧検査にはコニスバーグ社のカテーテル型圧力トランスデューサー(Model No.P31)を用い、被験者を左側臥位にして肛門縁よりトランスデユーサーを挿入し、引き抜きで内圧を測定した。手術は同一術者が行い、術式は半閉鎖術式で行った。
なお、対象とした症例のなかに、臨床的治癒と判断した時点で術後の肛門狭窄をきたした症例は認めなかった。
統計学的処理については、χ2検定、t検定、で行い、p<0.05を有意とした。
結果
1)LE施行個数と術後3時間後の疼痛の比較。
①0.5%GTN軟膏使用症例
LE施行個数と術後3時間後の疼痛の関係は、「痛くない」、「少し痛い」、「痛い」、「とても痛い」の順に、1箇所ではそれぞれ102例、18例、12例、0例、2箇所では、116例、39例、26例、2例、3箇所では82例、33例、20例、5例であった。1箇所切除群は3箇所切除群と比較して有意に痛みの程度が軽度であった。(p=0.0039)また、1箇所と2箇所の間では、p=0.0517と、1箇所で痛みが軽度である傾向を認めた。
②0.5%GTN軟膏不使用例
「痛くない」、「少し痛い」、「痛い」、「とても痛い」の順に、1箇所ではそれぞれ54例、13例、2例、0例、2箇所では、20例、13例、3例、2例、3箇所では9例、4例、6例、0例であった。1箇所切除群は、2箇所および3箇所切除群と比較して有意に痛みの程度が軽度であった。(p=0.0218、p=0.0004)
2)LE施行個数と術前と臨床的治癒時の最大肛門静止圧の比較。
①0.5%GTN軟膏使用症例
術前と臨床的治癒時の最大肛門静止圧は、1箇所では106.9±52.1mmH、98.3±48.7mmHg。2箇所では104.8±51.9mmHg、116.6±53.1mmHg。3箇所では101.2±42.3mmHg、109.8±49.9mHgであった。1箇所では臨床的治癒時の最大肛門静止圧が有意に低下した(p=0.0399)。これに対して、2箇所と3箇所ではいずれも臨床的治癒時の最大肛門静止圧が有意に高くなっていた。(p=0.0030、p=0.0136)
②0.5%GTN軟膏不使用例
術前と臨床的治癒時の最大肛門静止圧は、1箇所では105.1±51.6mmH、107.4±50.8mmHg。2箇所では109.8±58.5mmHg、112.5±48.3mmHg。3箇所では95.3±40.4mmHg、92.8±36.2mHgであった。いづれの群も術前と臨床的治癒時の最大肛門静止圧には有意差を認めなかった。
3)A群とB群について、LE施行個数との関連性を検討した。
①0.5%GTN軟膏使用症例
1箇所ではA群85例、B群42例。2箇所ではA群73例、B群110例。3箇所ではA群69例、B群71例であった。LE施行個数でA群とB群を比較すると、1箇所LE施行群では、2箇所3箇所LE施行群より有意に最大肛門静止圧が低下・不変である症例が多かった(p<0.0001、p=0.0193)。LE施行箇所が2箇所と3箇所では有意差は認めなかった。
②0.5%GTN軟膏不使用例
1箇所ではA群34例、B群34例。2箇所ではA群13例、B群25例。3箇所ではA群10例、B群9例であった。LE施行個数でA群とB群を比較すると、それぞれの群間に有意差は認めなかった。
考察
術前と臨床的治癒時の最大肛門静止圧を比較すると、0.5%GTN軟膏使用例では、術後の疼痛が2箇所および3箇所LE施行群より軽度であった1箇所LE施行群で、術前より臨床的治癒時の最大肛門静止圧が有意に低下していた。他の2群では、臨床的治癒時で有意に最大肛門静止圧が高くなっていた。また、1箇所LE施行群は2個所および3箇所LE施行群より有意にA群が多かった。このことは、1箇所LE施行例は他の群と比較して、術後の疼痛が軽度であり、疼痛による内肛門括約筋の緊張が軽度であること。また、臨床的治癒時の肛門管内の瘢痕の硬さが、1箇所LE施行例では最大肛門静止圧に与える影響が少なかったこと。さらに、0.5%GTN軟膏を使用することで術前の最大肛門静止圧を下げることを報告したが3)、0.5%GTN軟膏が臨床的治癒時の最大肛門静止圧の低下にある程度効果を示したことが考えられる。これに対して2箇所、3箇所LE施行例で、臨床的治癒時の最大肛門静止圧が上昇を認めた原因として、術後の疼痛の影響で臨床的治癒の時点においても内肛門括約筋の緊張が高まった状態が続いていること。また手術創の上皮化完成直後は、その瘢痕組織はまだ充分な弾力をもたず硬く、充分な軟化、弾力の回復をもって治癒とすべきである4)との報告もあることから、臨床的治癒時の肛門管内の瘢痕の硬さが、1箇所LE施行例と比べて最大肛門静止圧の上昇に影響を与えたと考える。さらに、0.5%GTN軟膏の使用期間が排便時の疼痛がとれてくる術後7日〜10日間であり、0.5%GTN軟膏の効果が十分に得られなかったことが考えられる。
0.5%GTN軟膏不使用例の中で、1箇所LE施行例をみてみると、術前と術後の最大肛門静止圧には有意な圧の低下は認められなかった。これに対して、0.5%GTN軟膏を使用した1箇所LE施行症例では術後の最大肛門静止圧が有意に低下した。このことから、術後の疼痛による内肛門括約筋の緊張を緩和する目的で、0.5%GTN軟膏の術後投与は有用であると考える。しかしながら、0.5%GTN軟膏不使用例で2箇所、3箇所LE施行例がまだ少ないので、今後症例を増やして検討する必要があると考える。
また、内痔核に対してLEを施行した際に、現時点で我々は、排便時の痛みや出血などの自覚症状がなくなり、創が閉鎖した時点を「治癒」としている。しかし、「治癒」と判断した時点でも術後の疼痛などの影響で内肛門括約筋の緊張が高まった状態などが続いている症例もあり、本当の意味での治癒ではないと考える。したがって、術後の最大肛門静止圧が、術前以下になるまではフローアップが必要と考える。このことからも術後の最大肛門静止圧の測定は治癒の判断に有用であると考える。
文献
1)丸山 亨, 中野眼一, 野口 剛ほか:痔核手術における半閉鎖術式と全閉鎖術式の 臨床的検討. 日本大腸肛門病学会誌 54:105-108, 2001
2)渡辺賢治,渡辺元治,増田英樹:痔核根治術後の疼痛について–特に術前最大肛門 静止圧による術後疼痛の比較検討.日本大腸肛門病学会誌 53:241-243,2000
3)渡辺賢治,渡辺元治,増田英樹:内痔核患者におけるニトログリセリン軟膏の最大 肛門静止圧に対する影響にといて.日本大腸肛門病学会誌 56:36-40,2003
4)三枝純郎:肛門手術創遷延治癒の原因と対策. 日本大腸肛門病学会誌 29: 528-535, 1976
索引用語:創傷治癒、最大肛門静止圧、術後疼痛