渡邉医院

今日は、母の日でした。

 今日は、「母の日」でした。皆さんは、どうお過ごしでしたか?
私は、入院の患者さんの診察が終わって、花を買って母のいる実家へ。
 一緒に食事をした後、母が昔書いたエッセイを見せてくれました。私が30歳のころに書いたエッセイです。
 今日の「母の日」に、母からもらったプレゼントでした。

「スミレの便り」

 忘れられない日。それは息子が高校一年の秋、左膝に障害を持つ様になった日。

杖を手に通学するのを送り迎えして二学期を終え、新しい年を迎えた診療日、

「一生、その足を背負っていくのだな」

と医者の言葉に黙ってしまった息子は、家に帰るなり、

「使えない足なら、切ってしまえ」

と、火のついているストーブをけり倒し、自室にこもってしまった。

スポーツ、スポーツ、スポーツの子が。

雪の舞う休日、嵐山にボートを漕ぎに連れ出したのは父親。父子のボート漕ぎは、

それからの我家の休日行事となった。

日射しも少しずつやわらいで来た日、

「お母さん、プレゼント」

嵐山の川上の岩影に、一株咲いていたスミレを、舟を寄せて取って来たとか。

その夜、夕食のかたづけをする母の背に、

「僕、ぐれないからね。心配しなくていいよ」

その息子も今年三十歳。春浅い日に、東京から静岡の裾野市に転勤となり、就任地の様子を知らせる電話が入った。

カーテンを開けると目の前に富士山。宿舎から職場まで歩いて四、五分。

道の両側は畑が広がって、と田舎の景色がえがかれる。

「元気でね」

と、離しかけた受話器のむこうから、

「お母さん、スミレが咲いていたよ。」