肛門の病気を診察する際に、ただ単に指診をしたり、肛門鏡で観察してもなかなか肛門の病気の状態の全体像をしっかりと確認し、診断することは難しいです。
排便する際には、便意が起きたら腹圧をかけて頑張る(このことを怒責といいます。)。この際に肛門の出口から2~3cm奥に肛門上皮といって皮膚の部分がありますが、この肛門上皮が肛門の外側に出るような感じになって便が出てきます。ただただ肛門が広がって便が出てくるわけではありません。このように便意を感じて怒責する。祖に際に肛門上皮が外側に出るような感じで便を排出するといった一連の肛門の動きがあります。
この怒責した際に起きる肛門の状態を診ることがとても大切です。
そこで、渡邉医院では、新患の患者さんを診察する際には、指診をした後、微温湯による浣腸をして、その微温湯を怒責して出してもらった後の肛門の状態を診察しています。指診や肛門鏡での観察だけではわからなかったことが、この怒責してもらうことでわかってきます。内痔核などの場合は、排便時に肛門の外に出てくる脱出といった症状や脱出時の状態を診断できます。
内痔核の原因の多くが、この怒責の強さや、怒責している時間が関係すると考えています。必要以上に怒責したり、怒責している時間が長いことが、内痔核の原因となると考えています。
今回は、便秘の有無や内痔核の程度によって怒責している時間に違いがあるのかを検討した発表を紹介します。
発表内容
当院では肛門の診察をする際に50mlの微温湯による浣腸をおこない、これを排出してもらうことで怒責診を行っています。この際、微温湯を排出する時間がそれぞれの患者さんの間で長かったり、短かったり、差があることを経験します。
今回、排出時間が便秘の有無に関連があるのか、また、肛門疾患やその程度に関連があるかを検討しました。
対象は平成20年1月から3月までに当院を受診した患者で、排出時間が測定できた138例、男性60例、女性78例、平均年令53.3歳としました。
疾患は内痔核が多く、全体の53%でした。
方法は50mlの微温湯を浣腸し、排出するまでの時間を測定しました。
検討項目は、男女別、年齢別の排出時間。また、便秘の有無による排出時間。そして疾患で多かった内痔核に関してGoligher分類の第1度、第2度、第3度以上との間で排出時間を比較検討しました。
まず、男女間での排出時間の検討ですが、男女間では排出時間には有意差は認めませんでした。
次に年齢による排出時間ですが、男性では年齢による排出時間には有意差は認めませんでした。
女性においても、年齢による排出時間の差は認めませんでした。
年齢とともに排出時間は長くなるのではと考えていましたが、今回の検討では年齢による排出時間の差は認めませんでした。
次に便秘の有無での排出時間の比較です。便秘有りが61例、便秘無しが77例でした。
便秘有りの群の排出時間は、便秘無しの群と比較して排出時間が長く、有意差を認めました。
便秘有りの群でも排出時間が短い症例や長い症例があり、この差がどこにあるのか?例えば、排出時間の短い便秘群は直腸にある便を柔らかくするだけで具合良く便がでるようになるのか?また、排出時間の長い群は便の性状だけでなく、機能的になんらかの原因で排出が困難になっているのか、また、便秘無しの群でも排出時間が長い症例は便秘の予備軍になるのかも今後検討していく必要があると思います。
次に、内痔核の程度による排出時間の比較です。第1度が33例、第2度が12例、第3度以上が27例でした。
それぞれの間に排出時間の有意な差は認めませんでしたが、内痔核の程度がすすむにつれて排出時間は長くなる傾向を認めました。
このことは、怒責する時間が長いことで内痔核を増悪させる要因になったり、また逆に内痔核自体が残便感の原因となって怒責する時間が長くなったりするのではないかと思います。
内痔核の術前と治癒時との間で排出時間に差がでるかなど、今後、検討していく必要があると思います。
まとめです。
今後の課題ですが、便秘に関しては、便秘有りの群でも排出時間が短い症例と長い症例との差がどこにあるのか?直腸内の便の性状だけなのか、機能的な原因があるのかなど、微温湯を排出する時間や怒責排出した後、直腸内に残っている微温湯の量などを観察することで、ある程度、排便障害の治療の目安にならないか、また、便秘無しの群でも排出時間の長い症例は便秘の予備軍になるのかなど今後検討が必要だと思います。
また、内痔核に関しては、怒責して排出する時間が長いことも内痔核の増悪因子になると思いますが、内痔核を治療することで排出時間が短くなるのかなど今後検討していきたいと思います。
抄録を紹介します。
抄録
当院では肛門の診察をする際に50mlの微温湯による浣腸を施行し、これを排出することで怒責診を行っている。この際、微温湯を排出する時間(以後排出時間)が個々の患者に差があることを経験している。排出時間が便秘の有無、肛門疾患やその程度に関連があるか検討した。
【対象】H20年1月から3月までに来院した患者で、排出時間が測定できた138例(男性60例、女性78例、平均年齢53.3歳。)を対象とした。疾患は、内痔核73例、裂肛35例、痔瘻5例、肛門周囲膿瘍1例、外痔核15例、肛囲皮膚炎6例、直腸脱1例、その他2例であった。
【方法】50mlの微温湯を浣腸後、排出するまでの時間を測定。男女別、年齢別に排出時間を比較した。また、便秘の有無による排出時間を比較した。疾患で多かった内痔核に関して第1度、第2度、第3度以上との間で排出時間を比較検討した。疾患間では内痔核と裂肛とを比較検討した。
【結果】男女間の比較では男性の排出時間は385.7±220.3秒、女性338.6±186.7秒で有意差は認めなかった。年齢と排出時間は男女とも有意差は認めなかった。便秘の有無では、「便秘有り」が61例、排出時間は391.5±194.6秒、「便秘無し」が77例、排出時間は333.5±206.3秒と便秘有りの群で有意に排出時間が長かった(p=0.0029)。内痔核では、第1度は33例、排出時間307.2±126.1秒、第2度は12例、379.9±193.2秒、第3度以上は27例、391.5±244.3秒と、内痔核の程度がすすむにつれ排出時間は長くなる傾向にあった。内痔核と裂肛との間には有意差は認めなかった。
【まとめ】「便秘有り」では有意に排出時間が長く、直腸内の内容物を怒責して排出し難かったり、怒責することが習慣になったりしていると考えられる。また内痔核の程度がすすむにつれて排出時間が長くなる傾向があり、怒責して排出する時間が内痔核の増悪因子になる可能性がある。