渡邉医院

医療政策を弱体化させ、コロナパンデミックを招いた新自由主義政策①

 5月9日の日曜日に、日本科学者学会京都支部が開催した講演会「コロナパンデミックと新自由主義・資本主義」で約1時間程度の講演をしてきました。
 内容は「医療政策を弱体化させ、コロナパンデミックを招いた新自由主義政策」というものです。
 1回で紹介すると長くなってしまいますので何回かに分けて紹介したいと思います。

「医療政策を弱体化させ、コロナパンデミックを招いた新自由主義政策」 

 新自由主義改革による医療体制・公衆衛生、社会構造の弱体化

  市場原理や経済効率を重視する新自由主義改革は、1980年代に実行された「臨調行革」路線によって本格化してきた。2001年に発足した小泉政権では、「医療費の伸びを経済財政と均衡のとれたもの」にするとして、公費の投入を抑制して公的医療費の抑制政策を展開した。医療の需要面では患者の自己負担を増やすこと。供給面では病床の削減や病院の統廃合、医師の養成数の抑制、医療の市場化・産業化などを一体的に進めてきた。このような新自由主義改革が、コロナ禍の医療提供体制や公衆衛生の弱体化を招いた。

 新型コロナウイルス感染症の拡大は日本の医療・福祉政策の脆弱さを露呈させた。今、日本で起こっている事態は、1990年代以降推進されてきた新自由主義改革の帰結という側面がある。グローバル経済の下では、人と物は不断に国家間を行き来する。かつてなら地域限定の流行で止まったはずの感染症が瞬く間に世界に広がる。そして、今日の世界経済の構造は地球規模での新興感染症による危機と常に隣り合わせにある。しかも、それは例外なくすべての国家に降りかかる。

 1990年代以降、歴代政権は経済グローバル化に呼応し、新自由主義改革政治に舵を切っておきながら、経済活動によって世界中を物と人が行き交うことで当然予想すべき新興感染症への備えを怠ってきた。2009年に新型インフルエンザを経験したにもかかわらず、なお、感染症対策は後景に追いやられ続けてきた。今日の保健所の困難や医療崩壊の危機はその結果である。一方、緊急事態宣言時のように「自粛」を求め、感染症の封じ込めのために経済活動を停滞させれば、たちまち生活基盤が切り崩される労働者や自営業者等の存在も明らかとなった。

 橋本政権以降の歴代自民党政権は、新自由主義改革により、グローバル大企業を支援すべく社会構造を全方位から改変・解体した。新自由主義改革で日本の雇用・生活保障のシステムは著しく弱まった。新自由主義改革の推進は企業社会の解体を進めた。終身雇用と年功序列賃金は否定され、19955月、日経連(当時)は「新時代の日本型経営」において雇用の在り方を、①長期蓄積能力活用型グループ、②高度専門能力活用型グループ、③雇用柔軟型グループへ再編することを提起した。1996年から派遣労働の派遣業種が拡大され始め、小泉内閣による2003年の派遣法改正ではほぼ全面解禁された。

 その結果、雇用柔軟型グループの労働者、すなわち、非正規・不安定雇用の労働者が膨大に生み出された。量産されてきた雇用者側にとって便利に「使い捨て」可能な不安定就労層は、今回コロナ禍下での経済活動の低迷で大きな打撃を受けた。報道によると6万人以上の「コロナ解雇」が起きている。新型コロナウイルスに感染して回復したとしても、職を失うことはその後生活への保障がなくなってしまうということである。

 厚生労働省が発表した、去年4月に申請された生活保護の件数は21486件で、前年同月と比較すると24.8%増加した。生活保護の支給を開始した世帯数も19362世帯で、前年同月に比べ14.8%増加した。リーマンショックを超える増加である。生活保護の審査が厳しくなる一方で受給者数が減少し、本当に必要な人に生活保護が支給されていない状況のなか、この増加は新型コロナウイルス感染によって仕事を失った人が急増していることを意味している。失業者も毎月増加傾向にあり、完全失業率も2.9%で、男性3.0%、女性2.7%である。

 企業の倒産も去年2月から9月までの総件数は563件にも及ぶ。業種別では飲食店が最も多く81件、次いでホテル・旅館が56件となっている。実質国内総生産も去年4月から6月期でー7.9%である。補助金等の支給で、何とか踏みとどまっても、今後、自粛要請が長引くことで、倒産が増えていくのではないか。これらのことは、新自由主義改革政治による雇用破壊の結果であり、かつ最低生活保障の不十分さを示している。グローバル大企業を支援すべく社会構造を全ての方向から改変・解体してきた新自由主義改革が日本の雇用・生産補償のシステムを著しく弱めてしまったことが、新型コロナウイルス感染症拡大によって明らかになった。

 新自由主義が目指した医療・社会保障制度改革

 新型コロナウイルス感染症が医療分野にもたらしている困難の背景にも、新自由主義改革がある。新自由主義改革の柱の一つとして進められてきた医療・社会保障制度構造改革は、①公的な給付を抑制すること、②医療・福祉サービスを市場化すること、を目指してきた。公的な給付を抑制して、医療と福祉のサービスの市場化によって、国による医療・福祉の保障は最低限に、それ以上のサービスは自己責任で市場から購入するといった仕組みへの転換である。新自由主義改革が目指した医療・社会保障制度改革は端的に言って「公的保障のミニマム化と保障の多層化」である。

 2003年の小泉政権の「医療制度改革の論点」では、公的医療費の伸びの多くを占めている入院医療費を抑制するために病床数の削減や、供給医師数の計画的削減などの「効率化を図る」ことを基本方針にした。そうした路線によって進められてきたのが介護保険制度や障害者自立支援法の創設である。そして、医療分野では、医療保険制度の再編、例えば国保の都道府県化や都道府県による医療費管理システム、そして保険者機能の強化による医療需要の抑制などである。その下で今日も強硬に進められているのが、病床数の抑制などの医療提供体制改革ならびに医師・医療スタッフの養成、医師数抑制、開業規制とフリーアクセス制限などの医療提供「者」改革、である。

 医療も感染症などの急性期医療から慢性期医療への転換が進められてきた。今後需要が増大する高齢者の医療は、がん、脳血管疾患、心疾患などの慢性医療が中心となっていくとして、感染症などの急性期医療を縮小し、慢性期医療に医師や看護師などのマンパワーや医療機器などを集中投入してきた。さらに病床の効率的な活用を目指し、一般病床の稼働率を高めるようにした。また患者の入院日数の短期化もすすめた。このように急性期の病床を絞り込み、全体の病床数を減らすようにした。その結果、全国の感染症指定病床は1998年には9060床あったのが、2020年には1869床にまで減少した。

 

次回は、「コロナ禍における医療崩壊」から始めます。