最近よく聞くPCR検査ですが、実際にどんな検査なのかを少しお話します。私も大学時代このPCRを使って潰瘍性大腸炎に関しての研究をしていました。
「潰瘍性大腸炎患者大腸上皮におけるサイトカインの遺伝子学的検討―とくにTumor Necrosis Factor(TNF)-α、Interferon(IFN)-γのm-RNA発現についてー」という研究をして論文にしました。もう1994年4月ですので、26年前のことです。この時にRT-PCRを用いて潰瘍性大腸炎の患者さんの大腸上皮のTNF-α、IFN-γ、IL-2、IL-6mRNAの発現を検討しました。結果は潰瘍性大腸炎の患者さんは、潰瘍性大腸炎の炎症の程度や病期分類に関わらず、TNF-αやIFN-γmRNAの発現が亢進していて、これらの炎症性サイトカインの直接的な、もしくは接着因子の誘導やリンパ球の活性化を介した間接的な組織障害が潰瘍性大腸炎をおこさせる誘因になっている可能性が考えられました。
このような研究をしていたのですが、やはり、根気のいるそして時間がかかる研究で、PCRもすぐに結果が出るものではなく、5時間程度を要する検査でした。
今、新型コロナウイルスの感染の拡大を受けて、PCR検査という言葉をよく耳にしたり見たりするようになりました。今回は少し難しいのですが、PCRの仕組みをお話しようと思います。
PCRは、Polymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の頭文字をとったものです。極微量なDNAからそのDNAの特定の領域を数時間で100万倍に増幅する方法です。
サンプルの中に標的となるDNAが存在するかどうかを定性的に分析できます。例えば今回の新型コロナウイルスの場合は、患者さんから採取してきた検体、例えば鼻やのどのを綿棒で拭ってきたものの中に新型コロナウイルスのDNAが存在するかどうかを調べることができます。
簡単にPCRの反応をお話したいと思います。
DNAは二重らせん構造をしています。そしてDNAはデオキシリボースという糖とリン酸と塩基から構成されています。塩基はアデニン(A)グアニン(G)チミン(T)シトシン(C)の4種類あります。この塩基はAとT、GとCがそれぞれ水素結合して二重らせん構造を作っています。
まずDNAがどのように合成されていくかをお話します。
細胞が分裂する際に、DNAが複製されていくことによって情報が伝達されていきます。DNAの複製の際、まずはDNAヘリカーゼという酵素によって、DNAの二重らせん構造がとかれて一本鎖のDNAになります。次にプライマーゼという酵素が働き、プライマーとして働く短いRNAが合成されます。このプライマーによってDNAポリメラーゼという酵素によってDNAが合成されていきます。この際DNAが合成されるときは一本鎖になったDNAの塩基配列に従って、先ほどお話したようにAはTと、GはCと結合して全く同じ構造のDNAが合成されていきます。
この過程を合成的に行うのがPCRです。
DNAの二重らせん構造を一本鎖にして安定化させるのにPCRでは熱変性で一本鎖にして熱によって安定化させます。次の過程のプライマーゼによる短鎖RNAの合成の部分は人工的に合成したプライマーを使います。プライマーを目的の鋳型DNAに結合させていきます。最後の段階であるDNAの合成は熱に強い合成のポリメラーゼによって伸長反応でDNAが合成されていきます。
このようにPCRは熱を上げたり下げたりすることで、人工的に合成したプライマーや熱に強い合成されたポリメラーゼを使い、1個のDNAがこの1サイクルで2倍に増えていきます。これを何サイクル化することで2倍、4倍、8倍とn回サイクルを回すことで2のn乗倍に増幅させることができる方法です。
もう少し難しくなりますが、その過程を詳しくお話すると次のような3段階でDNAの合成が進められていきます。
PCRによるDNA合成の各サイクルは、熱変性(denaturation)、アニーリング(annealing)、伸長(extention)の3段階で進んでいきます。この一つのサイクルを何度か繰り返すことにより、目的とするDNA配列が高濃度で合成されます
第1段階
加熱(通常90℃以上)することによって、増幅したい目的とする2本鎖DNAが分かれて1本鎖になります。2本の鎖をつなぐ塩基間の水素結合力は弱いので、高温によって切断されていきます。でも、デオキシリボースとリン酸の間をつなぐ共有結合は強く、高温でも変化しません。このプロセスはサーマルサイクラーという機械で行われます。サーマルサイクラーは、PCRに必要な加熱と冷却を自動的に制御してくれる装置です。
第2段階
プライマーによって増幅したいDNAの配列の両端を決める役割を持っています。一般的に、プライマーは20~30塩基の長さからなる1本鎖の人工的に合成されたDNAです。アニーリング温度は、プライマーの長さや配列によって変わってきますが、通常40~65℃の間です。この温度条件下で、プライマーが増幅したいDNAの配列に特異的に結合します。このことをアン―リングといいます。
第3段階
プライマーをDNA配列に結合させた後、約72℃まで温度を上昇させます。この温度条件下で熱に強い人工的に合成された耐熱性ポリメラーゼによって、新たなDNA分子の合成が始まります。
このような段階を踏んで増幅したいDNAと同じ配列持ったDNAが2組合成されます。この過程をn回繰り返すことで、2のn乗に複製したいDNAが合成されるという仕組みです。
さて、最後に新型コロナウイルスの感染が広がる中で、このPCR検査について解りやすく説明したインタヴュー形式の記事がありました。その内容を少し引用して紹介しますね。
以下引用文
「検査の有用性を評価する指標に、「感度」「特異度」「的中率」があります。
感度とは、その検査が、陽性の人を正しく陽性と判定できる確率です。新型コロナウイルスによる感染症 (COVID-19)を引き起こすウイルスである「SARS-CoV-2」のPCR検査の感度は、30~50%や70%だという報告がありますが、いずれにしても100%ではありません。
感度は様々な条件にも左右されます。
例えば、新型コロナウイルス は、感染者のウイルス量がインフルエンザの100分の1~1000分の1と言われており、そもそも検出されにくいと考えられています。
また、のどから採取した検体より、鼻から採取した検体の方がウイルス量が多く、検出率が高くなることが考えられているのですが、この方法が必ずしも用いられるとは限りません。
というのは、鼻の穴に綿棒をいれると、くしゃみなどで飛沫にさらされるリスクが高いのでためらう医療者もいるのです。国内ではのどをぬぐった液が使われることが多いと言われており、鼻に比べて感度が下がることが考えられます。
特異度とは陰性の人を正しく陰性と判定する確率で、検査は感度、特異度はトレードオフの関係にあります。
「陽性的中率」というのは検査が仮に陽性だった場合に、どのくらいその結果が正しいか(=本当にCOVID-19にかかっているのか)を示す確率です。
風邪のような症状を訴えても、COVID-19にかかっている可能性が現在のようにとても低い(=集団の中での有病率が低い)状況で検査をすると、COVID-19にかかっていないのに検査結果が陽性と出る人の絶対数も多くなることになります。
すると、陽性という結果が出た人の中で、本当に感染している人の割合である陽性的中率もかなり下がります。よって、本当はCOVID-19ではないのに陽性の検査結果が出てくる可能性も高くなります。」
このような記事です。
新型コロナウイルスの感染拡大は深刻な問題です。でもPCR検査が万能な検査であるとというわけではありません。新型コロナウイルスに感染しても80%の方は軽傷で、一週間ほど風邪のような症状が続いて治っていきます。これからは陽性者を焙り出すのではなく、臨床症状をみて、肺炎へと移行して重症化の可能性のある患者さんに対してPCR検査を行っていくことが大切かなと思います。