渡邉医院

医師偏在対策に名を借りた医師コントロール

今回は、今国が進めている医師偏在対策とかかりつけ医登録制に関して、私たち保険医が問題としている点をお話したいと思います。
 今、京都府の地区医師会の先生方との懇談会を開催しています。そこで私たちがプレゼンしている内容を紹介したいと思います。少し長くなりますが、一度読んでいただいて、今進められている国の改革の問題点を知っていただければと思います。

「医師偏在対策とかかりつけ医登録制について」
国がやっているのは医師偏在対策に名を借りた医師コントロール

 国は「三位一体改革」と称して、「地域医療構想」「医師偏在対策」「医師の働き方改革」 を進めています。この改革は医療費の地域差縮減目標(医療費適正化)の達成のために組み 立てられたものです。中でも「医師偏在対策」は、医師不足地域への医師配置を進めるより も、医師の配置・就業を国のコントロール下に置くことに重点が置かれています。これを押 し返すことは、保険医の医療を守り、国民皆保険制度を発展させるための最重要課題となっ ています。以下、三位一体改革の内容とねらいを解説し、協会の考えを報告します。

1.都道府県による医師偏在指標を用いた医師確保計画策定

2018 年7月成立の改定医療法・医師法により、都道府県は 2019 年度中に医師確保計画 と外来医療計画を策定します。これまでの「人口10 万人対医師数」は、状況を十分に反 映した指標ではないとして、国は新たに「医師偏在指標」を示してきました。都 道府県はこれを用いて医師多数区域・医師少数区域を設定、三次、二次医療圏ごとに確 保すべき医師数の 目標を算出し、確保 方針と共に医師確 保計画を策定しな ければなりません。

○都道府県は医師少数区域において、2036 年を目標に医師を確保します。当面3年~4年 の計画期間で確保すべき人数は、「下位 33.3%を脱するために要する医師数」です。そ して、京都府のように医師多数三次医療圏(都道府県)に、医師少数区域がある場合 であっても、他の三次医療圏からは医師の確保を行わないこととするとしています。

〇この「医師偏在指標」は、2月公表後に4月と11 月に改定データが内示されましたが、 京都府の場合、とても地域の実態を反映したものとはなっていませんし、改定のたびに 変動して混乱を生じさせています。しかも、この指標を検証できるデータも公表されて いません。このため京都府は、医師の仕事量、患者受療率、地理的要因を加味した独自 の医師偏在指標を設定した上で、「京都府医師確保計画」の策定作業を進めており、12 月 に中間案が公表されました。
医療需要(ニーズ)及び人口・人口構成とその変化患者の流出入 等へき地等の地理的条件医師の性別・年齢分布医師偏在の種別 (区域、診療科、入院/外来)の5要素を考慮したものと説明。

〇国の指標では、京都・乙訓が医師多数区域、丹後、山城南が医師少数区域とされました。 この間の指標の変化は下記の通りで、丹後、南丹、山城南が変動しています。 4月の変化は、患者の流出入を反映したためとされており、医療機関が少ないために他 の医療圏に患者が流れている場合、医師数は充足となったのです。11 月の変化要因は明 らかにされていませんが、山城南のように「多数」から「少数」に振れるような指数に 合理性があるのでしょうか。

〇京都府の中間案で出された京都式の指標は、医師確保の重点順位を①丹後②南 丹山城南中丹山城北京都・乙訓とし、京都・乙訓は「府内の他の圏域に対し医 師派遣等の支援に努める」とされました。加えて二次医療圏よりも小さな単位で「医師 少数スポット」を定め、中丹、南丹のへき地診療所周辺の地域を指定しました。

〇協会は、中間案に対するパブリックコメントで京都府の姿勢について4点を評価しまし た。
医師偏在指標について「京都式」を作ったこと
医師確保計画策定に係る診療科別医師数調査を独自に実施したこと
上記調査や独自指標で使用した医療機関へのアクセス状況を用いて、重点領域の設定 とその医療を確保する計画を策定したこと
国が求めた外来医師多数区域での開業規制策を盛り込んでいないこと
その上で、そもそも二次医療圏単位で医療状況を捉え、施策を考えること自体に限界 があることを指摘し、より小さな地域で分析・検討する必要性を訴えています。

2.外来医師多数区域の問題

〇外来医療についても偏在指標が設けられ、外来医療計画が策定されます。京都・乙訓医 療圏と山城南医療圏が「外来医師多数区域」とされました。

〇これも2月データでは中 丹医療圏が多数区域とさ れていましたが、4月デー タでは多数区域から外れ、 山城南医療圏が多数区域 とされました。11 月データ はまだ示されていません。

○多数区域における新規開 業希望者は、在宅医療、 初期救急、公衆衛生等、地 域に必要とされる医療機 能を担うよう求められ、この方針に従わない場合、協議の場への出席が要請され、協議内容は公表するとさ れています。

○国は、これにより在宅医療の担い手確保など、地域医療の必要性の充足と医師少数区域 への開業誘導を考えているのだと思いますが、協会は、「医師少数区域」とされる地域が 発生・拡大しつつある根本原因(人口流出)に対する実効性のある対策が打たれないま ま、新規開業者を含めた開業医の犠牲によって問題を解決しようという政策手法には、 その実効性と権利侵害の両面から問題があると考えています。

○このため協会は、こうした危惧を厚生労働省医政局に直接質すとともに、会員署名「医 師偏在解決には〈開業規制〉ではなく地域再生と公的な医療提供体制再建が必要」150 筆及び要請書「医師偏在指標に基づく医師偏在対策は中止すべき」を5月 23 日に提出 して、再検討を促してきました。

○京都府に対しても再三働きかけを行ってきました。このたび京都府は京都府医師確保計 画(中間案)において、外来医師多数区域における新規開業者に求める事項として診 療所の偏在・不足状況等の情報が容易に入手できるよう提供を図る地域で在宅医療の 機能を担っていただけるよう、医師会や関係団体等と連携の上で、在宅医療に係る研修 への参加を促す京都府内における病院、診療所の所在地や提供する医療機能の詳細情 報については、「京都健康医療よろずネット」に掲載することと記載し、前述のように 国が求めた外来医師多数区域での開業規制策を盛り込んでいません。

3.京都府の 2036 年の必要医師数

2036 年の必要医師数についても示されています。厚労省は必要医師数の定義を 「将来時点(2036 年時点)において」、国が「医療圏ごとに、医師偏在指標が全国値と 等しい値になる医師数」と定義しており、その考え方で出された数字です。

2036 年の京都府における必要医師数は丹後253 人、中丹483 人、南丹332 人、京都・乙 訓4375 人、山城北1105 人、山城南265 人で合計6807 人とされています。これに対し、 上位供給推計で 4006 人、下位供給推計で 1291 人の医師が過剰となるとしています。

4.診療科別必要医師数も公表

○厚労省は「診療科ごとの 2036 年の必要医師数」も示しています(2月27 日、医師需給 分科会)。都道府県ごとの2036 年の診療科別必要医師数では、京都府は各診療科が軒並 み「過剰」と推計されています。全体としては不足と推計される内科ですら448 人過剰 とされ、臨床検査・脳神経外科以外はすべて過剰とされています。

5.専門医シーリングの問題

○日本専門医機構は、医師需 給分科会の必要医師数推 計が出されたのを受け、診 療科別シーリングを各基 本領域学会理事長に通知 しました。9割の医師が取 得する専門医制度の都道 府県別・診療科別定員と は、事実上、都道府県別・ 診療科別の医師定数にな り得るのです。京都府は東 京都よりも多い 12 診療科 (シーリング対象 13 診療 科中)がシーリング対象と され、地域における医師確 保が更に困難になると懸 念されます。

※京都府のシーリング対象 科は、内科、小児科、皮膚 科、精神科、整形外科、眼 科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、 放射線科、麻酔科、形成外 科、リハビリテーション科

6.再編求める公的・公立病院名指し、民間病院でも

○厚労省は地域医療構想実現のために再編・統合を検証すべきとして 424 の公立・公的病院名の公表に踏み切りました(9月26 日)。が んなどの「診療実績が少ない」こと、「類似かつ近接」する医療機 関があることを理由として、府内では舞鶴赤十 字病院、市立福知山 市民病院大江分院、 国保京丹波町病院、国立病院機構宇多野 病院の4病院があげられています。

○協会は、「撤回」を求める副理事長談話を発出。指摘した 問題点は4点。
公立・公的病院に限らず民間医療機関でも対象が挙げられるなど他に波及する懸念
診療実績として出された基準は、地域で医療機関が担っている役割の限られた側面を 表すものに過ぎない。また、類似かつ近接する医療機関も対象とされているが、移動 手段が自動車か公共交通機関しかないうえに、それ自体が失われつつある地方の暮ら しの実態を無視するもの
国が病床削減や医師配置を強制的手法でコントロールしつつも、地域医療構想や地域 医療対策協議会など都道府県での協議による結果だとして責任は取らない仕組み
今回の措置は、地方の医師確保・偏在是正にも逆行し、政策に一貫性がないと指摘す べき医療界が、ワーキンググループで迎合ともとれる発言を行った問題

○全国からの批判の声に、厚労省は全国7会場で意見交換会を開催。唐突なデータ公表だ ったことなどを詫び、機械的に当てはめたデータであることを認め、このデータをもって再編統合を強制するつもりはないと説明するも、より地域医療の実態に即したものと なるようデータを活用し各自治体で議論を進めてほしいとしました。さらに、民間医療 機関でも同様のデータ公表の準備を進めると明言しました。

2020 年1月 17 日、厚労省は名指しした病院に対し、再編・統合を含む再検証を求める 通知を都道府県に発出しました。これは、混乱を招いた反省もなく、当初方針を貫こう とするものです。尚、厚労省は通知にあたり424 病院から東京都の済生会病院をはじめ 7医療機関を除外、代わって新たに約20医療機関を追加した新たなリスト(現在非公開) と、公立・公的と同様の指標で分析したと思しき約 3200 医療機関の民間医療機関デー タと「公立・公的と競合すると考えられる」約370 の民間医療機関リスト(公表可否は都 道府県に委ねるとされる。現在非公開)も送付した。

7.「かかりつけ医」登録制の問題

○「かかりつけ医」登録制を厚生労働省が検討していると6月に日本経済新聞が報道しました。 同紙によると国は、医療費抑制のために、患者が任意でかかりつけ医を登録し、診療料を月 単位の定額として過剰な医療の提供を抑えたり、かかりつけ医以外を受診する場合は負担を 上乗せして大病院や複数医療機関の受診を減らす案を検討するとしています。

○これは、まさに医療費総額抑制と同時に人頭登録払いを実現し、患者数に見合った医師数(開 業医数)を割り出して管理するための仕組みづくりとなるものです。患者側からはフリーア クセスの制限になります。協会は、「断じて容認できない」と理事会声明を公表。

〇「かかりつけ医」の登録制を求める動きが、野党の超党派議連からもあがってきています。 これに対して理事会声明を公表し、議員への働きかけを行っているところです。

○指摘した問題は、4点。
「いつでもどこでも誰でも保険証一枚で必要な医療を必要なだけ保険で提供する」という 国民皆保険の理念による患者の権利保障と相容れない。フリーアクセス制限、医師のプロ フェッショナルフリーダムに基づく診察・治療の制限、患者登録によって導き出される「必 要医師数」に基づく自由開業制規制も危惧される
医師・医療機関間に無用な競争が持ち込まれる。各医師が専門分野を持ち、患者を中心と して互いに協力・連携しあう状態も崩れる
「予防医療」に対する過度な期待は、政権の発想とも符合する。予防は必要だが、それによ る医療費削減効果は認められないと指摘する識者は多く、患者の健康自己責任論の増長に 用いられたりすることも予想される
想定されている「かかりつけ医」像は結局のところ内科系の医師だが、にもかかわらずなお、家庭医療専門医や総合診療専門医との混乱が見られる。既にかかりつけ医として診療 にしている開業医の実態に目を向け、再検証してほしい

※歴史的にみれば、1980年代の旧厚生省「家庭医構想」に対して、日本医師会は医師の分断、人頭登録払い(患 者に実際に提供した医療サービスに関わりなく、医療機関に登録された患者数に応じた定額の報酬を支払う 方式)につながるとして反発し、構想は頓挫。しかし、この考えは脈々と受け継がれてきたといえます。

8.国の狙い=医療提供者改革―医師配置の適正化

2016 10 21 日、当時の塩崎恭久厚生労働大臣が経済財政諮問会議の場で、都道府県 別一人当たり医療費の地域差について、入院医療費は病床数・医師数が、外来医療費は 医師数が主な増加要因であると指摘。「医療費の地域差半減に向けて、医療費適正化を推進」すると述べていました。

○医療費の地域差半減は、「新経済・財政再生計画改革工程表」(以下、工程表)の政策目 標にも位置付けられています。このうち、病床配置の適正化については地域医療構想が 2017 年に策定されており、次は医師配置の適正化へ、国が本腰を入れているのです。

○医療提供者改革を通じて、国がやろうとしていることは次の3つ。
①医師の人数を地域 別・専門科別に管理できるようにすること
医師の専門性に介入し、国のルールに則っ て素直に医療を提供する医師を育てること
医師の仕事の生産性を向上させる=経済 活動の活性化につながり、富を生み出し、経済成長に資するような医師を育てること

9. 私たちの対案-医師偏在を生み出す構造問題を越えるための

〇そもそも、医師偏在指標や診療科別必要医師数の計算に用いたデータや途中式などは一 切公表されておらず、検証・再現し得るだけの情報が公開されていない問題があります。

○「医師多数区域」での開業や医師確保を規制しても、少数区域での開業や就業が進むこ とにはつながりません。医師偏在の理由について、国は根本的な議論を避けたまま、私 たち医師の「自由」にすべての責任を負わせようとしています。医療制度は社会保障で あり、国が人々の生命と健康を守る義務を果たす仕組みです。強制的に都市部の医師を 地方へ赴任させるようなやり方は間違っています。

○医師偏在が起こる最大の理由は医療保険制度の限界です。日本の医療保険制度は、経済 が疲弊し、人口減少している地域では患者が確保できず、採算がとれないため、開業で きません。したがって今の仕組みのまま医師偏在を是正する方法は唯一、地域経済を再 生させることです。それまでの間は、公立医療機関を配置し、行政の責任で医師を確保 するしかありません。にもかかわらず、未だに国は公立医療機関を縮小する政策ばかり 進めています。国保直営診療所はじめ、公的な医療機関がその地域の医療保障をカバー できるようにするべきです。

○加えて、医師不足地域での医業を可能とする仕組み=当該地域における医業の採算ライ ンを明らかにし、採算点に達しない分の費用は全額国費で賄う制度を創設すべきです。 国の「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(2017 )でも、44%の医師が 地方で勤務する意思を示しています。こうした医師の思いを前向きに支える政策こそが 必要と考えます。

○そもそも、医師の働き方改革における 1860 時間という「上限規制」などというとんでも ない提案がされてしまう背景には、医師たるもの国民の医療のために犠牲になって当た り前という考えがあり、医師は規制され、自由を制限されて当然の存在と国は考えてい るのかもしれません。とりわけ、開業医については、「働かせすぎの勤務医」に対し、「決 まった時間だけ働いて往診をしない開業医は多い」などと揶揄し、勤務医の働きすぎも、 医師偏在が解消しないのも、まるで開業医が悪いかのような論調が作られつつあります。

○あらためて訴えたいのは、医師の自由の大切さです。医師・医療機関は原理的には公的 な存在です。生存権保障の担い手であり、社会保険制度を通じて公費が投入され、それ によって医業を営んでいます。

○今後、医師をコントロールしたい国と地域の医療者の間でのせめぎあいはもっと激しく なると考えられます。協会は、開業医・勤務医の現場から反論するとともに、地域の患 者さんの声から、今回の医療提供者改革を徹底的に批判し、対案の提案を行い続けます。