渡邉医院

内痔核患者におけるニトログリセリン軟膏の最大肛門静止圧に対する影響について(日本大腸肛門病学会雑誌 第56巻 第1号 2003)

 今回は、ニトログリセリン軟膏の最大肛門静止圧に対する影響についての論文を紹介します。
 内痔核に対して痔核根治術を施行する際に、術前に内肛門括約筋の緊張が強い患者さんほど術後の痛みが強いこと。また術後の排便などの痛みで、どうしても内肛門括約筋の緊張が強くなる可能性が高いです。このことも術後の痛みに影響を及ぼします。内肛門括約筋の緊張をとることで、術後の痛みを緩和することができます。
 そういった意味で、手術をする際に、麻酔が終わった後、十分にストレッチングをして肛門の緊張を摂ることは大事なことだと考えています。麻酔をした後、指や肛門鏡を使って、十分にストレッチングすることで、手術をする際に肛門の中を観察しやすくなるとともに、術後の痛みの緩和になります。
 さて、ニトログリセリンは、この内肛門括約筋の緊張をとる作用があります。現在はニトログリセリン軟膏が製造されていないので、使っていませんが、以前は内肛門括約筋の緊張をとる目的で術前、術後に使用していました。このニトログリセリン軟膏の内肛門括約筋に与える影響を、最大肛門静止圧を測定したのが今回紹介する論文です。

「内痔核患者におけるニトログリセリン軟膏の最大肛門静止圧に対する影響について」
日本大腸肛門病学会雑誌 第56巻 第1号 36-40 2003

論文

             はじめに

 内痔核に対して痔核根治術を施行する際に問題となることは術後の出血や術後の疼痛管理である。手術術式や術後管理の進歩で、痔核根治術後の疼痛は緩和されてきているが、依然、患者にとって最も不安に感じる一つであり、手術にふみきれない要因でもある。したがって痔核根治術において術後の疼痛という大きなストレスを取り除くことが必要であると思われる。肛門内圧と術後疼痛の関連については、最大肛門静止圧が正常よりも高い症例のなかに術後強度疼痛の発生頻度が高いといわれている1)。我々も術前の最大肛門静止圧が高い症例で有意に術後の疼痛が強いことを報告した。さらに、術前の最大肛門静止圧を100mmHg以上と未満で比較したところ、100mmHg以上の症例で、有意に術後の疼痛が強いことも報告した2)。
 ニトログリセリン軟膏は内肛門括約筋の緊張をとるといわれており、裂肛の治療目的で使用することがある 3,4)。さらにニトログリセリン軟膏と痔核根治術後の疼痛緩和の関連について検討した報告もみられる5)。そこで今回我々は、0.5%ニトログリセリン軟膏(以下0.5GTN軟膏)を投与することが、術前の最大肛門静止圧にどのような影響を与えるか、さらに術後疼痛の緩和に有効な方法となりえるかどうかについて検討した。

           対象

対象は、平成1211月から平成134月までに、術前に0.5GTN軟膏を投与した後痔核根治術を施行した90例(男性51例、女性39例、平均年令52.9才)である。手術は全例Goligher分類のⅢ度以上とした。術前の最大肛門静止圧が100mmHg以上の症例は49例、100mmHg未満の症例は41例であった。 

                 方法

 GTN軟膏は、市販されている2GTN軟膏を0.5%に調整し使用した。投与方法は、6cm×8cmに切った綿花に約0.5GTN軟膏700mg(ニトログリセリンの量として約3.5mg)を肛門部に塗布した。最大肛門静止圧の測定は、コニスバーグ社のカテーテル型圧力トランスデューサー(Model No.P31)を用いた。被験者を左側臥位にして肛門縁よりトランスデューサーを挿入し、引き抜きで内圧を測定した。測定は、0.5GTN軟膏投与前と投与後の2回測定した。投与後から測定までの時間は30分とし、内圧を測定後に手術を施行した。投与後から測定までの時間を30分としたのは、一般にGTN軟膏の塗布により、最大肛門静止圧は塗布後5分後に低下し始め、10分後にほぼ安定した状態になると報告されており6)、さらに、本来の循環器疾患に使用する目的で、ニトログリセリン6mgを投与した場合、最高血中濃度到達時間が30分である7)との報告があることからである。
 我々は、術前の最大肛門静止圧が100mmHg以上の症例で有意に術後の疼痛が強いことを報告した2)。そこで次に、術前の最大肛門静止圧が100mmHg未満の群(以下A群)と100mmHg以上の群(以下B群)に分けて、0.5GTN軟膏投与後の最大肛門静止圧を比較検討した。また、術後の疼痛に関しては、術後3時間後の疼痛を「痛くない」、「少し痛い」、「痛む」、「とても痛い」の4段階に分類し、A群とB群との間で比較検討した。これは、我々が術前最大肛門静止圧と術後疼痛について報告した2)際と同じである。当院では全例1%プロカインによる局所麻酔下に手術を施行しており、麻酔の影響がなくなった時点で比較する必要があること。また術直後と術後3時間後に疼痛の有無にかかわらず「先取り鎮痛」及び術後の疼痛緩和の目的で全例インドメタシン座薬50mgを挿入している。また鎮痛剤の内服は術後3時間後以降に、疼痛の有無によって内服をしてもらっている。したがって、比較する際に条件を同じにする意味で、術後3時間後の疼痛を比較検討した。
さらに、0.5GTN軟膏投与時の副作用について①副作用(なし)②副作用(あり)使用可能③副作用(あり)使用不可能に分類、副作用の症状についても検討した。副作用の内容については複数回答も含め検討した。

         結果

 1)最大肛門静止圧に対する0.5GTN軟膏の効果。
 0.5GTN軟膏投与前の最大肛門静止圧は110.2±52.2mmHgであるのに対して、投与後の最大肛門静止圧は90.7±41.1mmHgであった。0.5GTN軟膏を投与することで、最大肛門静止圧は有意に低下した(Wilcoxon signed-ranks test p<0.0001)。
 2)A群とB群との間での0.5GTN軟膏投与後の最大肛門静止圧の比較。
 B群の49症例に対して0.5GTN軟膏を投与し、圧が低下した症例は39例であった。これに対して、A群の41症例では0.5GTN軟膏投与後、圧が低下した症例は21例、低下しなかった症例は20例であり、B群で最大肛門静止圧の低下する症例の割合が有意に高率であった(χ2検定 p=0.0045)。
次に、 0.5GTN軟膏投与前後の最大肛門静止圧の変化を検討する目的で、A群とB群との間で比較した。B群では、0.5GTN軟膏投与後の最大肛門静止圧は、投与前の75.2±20.8%であるのに対して、A群では、投与前の85.7±17.2%までしか低下せず、B群の症例で有意に最大肛門静止圧の低下を認めた(Mann-WhitneyU検定 p=0.0121)。
3)術後疼痛についての検討
 術後3時間後の疼痛の程度はそれぞれ、「痛くない」68例(75.6%)、「少し痛い」8例(8.9%)、「痛む」13例(14.4%)、「とても痛い」1例(1.1%)であった。A群(41例)とB群(49例)とで比較すると、A群では、「痛くない」35例(85.4%)、「少し痛い」3例(7.3%)、「痛む」2例(4.9%)、「とても痛い」1例(2.4%)に対し、B群では、「痛くない」33例(67.3%)、「少し痛い」5例(10.3%)、「痛む」11例(22.4%)、「とても痛い」0例(0%)であり、それぞれの群の間には有意差は認めなかった。(χ2検定、p=0.0677
4)副作用についての成績
 副作用(なし)は76例(84.4%)。副作用(あり)使用可能は9例(10.0%)。副作用(あり)使用不可能は5例(5.6%)であった)。副作用の内容は、頭痛11
52.4%)、肩凝り4件(19.0%)頭重感3件(14.3%)、嘔気2件(9.5%)、ボーットした感じ1件(4.8%)であった。  

         考察

 0.5GTN軟膏を術前に肛門部に塗布することで、術前の最大肛門静止圧が110.2±52.2mmHgであったものが、90.7±41.1mmHgへと有意に最大肛門静止圧の低下がみられた。また、0.5GTN軟膏投与後の最大肛門静止圧は投与前の79.9±19.8%まで低下した。これは0.5GTN軟膏を投与して、平均29%の最大肛門静止圧の低下をみたとする報告6)とはぼ同等の成績であった。このことからもニトログリセリン軟膏を投与することで、十分内肛門括約筋を弛緩させ、最大肛門静止圧を下げることができると考える。
 次に、術前の最大肛門静止圧が100mmHg以上と未満との間で、0.5GTN 軟膏投与後の最大肛門静止圧の低下に差があるかをみた。100mmHg以上の群で最大肛門静止圧が低下する症例の割合が有意に高率であった。また、0.5GTN軟膏を投与することで投与前の最大肛門静止圧がどの程度低下するかを投与前の圧に対する割合(%)として換算して比較すると、100mmHg以上では0.5GTN軟膏投与前の75.2±20.8%と、100mmHg未満の群と比較して有意に最大肛門静止圧が低下した。開心術後の低心拍出量症候群に対して、血行動態を改善する目的でニトログリセリン軟膏を投与した場合、肺動脈楔入圧の低値群より、高値群でより著明に血行動態の改善を認めたとの報告がある。8)最大肛門静止圧に対しても、より圧の高い症例でニトログリセリン軟膏が有効であると考える。
 術後3時間後の疼痛に関しては、「痛くない」と答えた症例が68例(75.6%)であった。以前、0.5GTN軟膏を使用していなかった時期での術後疼痛を報告した際、術後3時間後の疼痛が「痛くない」と答えた症例は58.2%であった2)。これと比較すると、「痛くない」と答えた症例が増えた印象がある。また、0.5%GTN軟膏を使用していなかった前回の報告では、100mmHg以上で有意に痛みが強かったのに対して、今回は100mmHg以上と未満との間で術後の疼痛に有意差を認めなかった。このことからも0.5GTN軟膏を投与することで、術後の疼痛をある程度緩和できるのではないかと考える。しかしながら、術後の疼痛を比較する際に術後3時間後の疼痛を比較するだけでは不十分であると考えている。今後さらに精細に術後の疼痛については検討していく必要があると思われる。
 また、ニトログリセリンの持つ血管拡張作用からくる頭痛などの副作用が問題となる。痔核根治術後の疼痛緩和の目的でニトログリセリンを投与し、副作用としての頭痛に対して消炎鎮痛剤の投与が必要であったとする報告もある5)。当院でも、0.5GTN軟膏投与での副作用の出現率は15.6%であり、副作用により使用できなかったものは5.6%であった。副作用の中で最も多かったのが頭痛であり、52.4%であった。ニトログリセリン軟膏の投与量に比例して頭痛の発現頻度や頭痛の程度が重くなり、血漿中のニトログリセリン濃度との相関を認めるとの報告7)があることから、副作用の対策として1回に使用する0.5GTN軟膏の投与量の工夫や投与する時期、例えば排便時の疼痛で内肛門括約筋の緊張や攣縮がおきる時にのみ投与するなどの工夫が必要と思われる。また、循環器疾患に使用する場合、頭痛発現が一つの至適用量決定のための指標とされている7)ことから、症状をみながら早期に患者個々の至適用量を決定することが必要と考える。また、ニトログリセリン軟膏の血管拡張作用で、術後出血の頻度が増えるのではないかの懸念があるが、今のところ術後出血が増えた印象はない。ただ全身に及ぼす副作用ばかりでなく、創部局所における副作用についても今後注意していく必要があると考える。
 0.5GTN 軟膏を投与することで、痔核根治術後の疼痛を緩和する可能性が示唆された。副作用としての頭痛等を軽減していく工夫は今後必要となるであろう。しかし、現時点においては、術前の最大肛門静止圧が100mmHg以上の高い症例で積極的に使用すべきと考える。

         結論

 0.5GTN軟膏を投与することで、有意に最大肛門静止圧(特に100mmHg以上の症例で)を下げることができた。
 このことから痔核根治術後の疼痛を緩和する目的で、0.5%GTN軟膏を投与することは有用であると考える。
 ニトログリセリン軟膏の最大肛門静止圧に与える影響について検討した。対象:平成1211月から平成134月までに、0.5%ニトログリセリン軟膏(以下0.5GTN軟膏)を投与した90例を対象とした。方法:0.5GTN軟膏を肛門部に塗布し、約30分後に最大肛門静止圧を測定。0.5GTN軟膏投与前後の最大肛門静止圧を比較検討した。結果:①0.5GTN軟膏投与前の最大肛門静止圧110.2±52.2mmHgに対し、投与後は90.7±41.1mmHgと有意に低下した(p0.0001)。②0.5GTN軟膏で低下した症例は最大肛門静止圧100mmHg以上で有意に多かった(p=0.0045)。③最大肛門静止圧が100mmHg以上の症例は、未満の症例より有意に圧の低下を認めた(p=0.0121)。以上より、0.5GTN軟膏の投与は、内痔核患者において術前の最大肛門静止圧を下げるのに有効である。特に圧の高い症例ではより有効であると考える。

文献

1)辻 順行,高野正博,黒水丈次:痔核術後の疼痛の解析と対策.日本大腸肛門病会  誌 525195231999
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 〜主に開心術後における応用〜.ICUCCU 4:223230,1980