渡邉医院

内痔核、痔瘻、裂肛における術前の最大肛門静止圧の検討.(第60回日本大腸肛門病学会)

 今回は、三大肛門疾患と言われている内痔核、痔瘻、裂肛について、術前の最大肛門静止圧に関してそれぞれの疾患ごと年齢や性差について比較。また、疾患どうしでも比較検討した発表内容を紹介します。
 最大肛門静止圧は内肛門括約筋の緊張の程度を知るために測定する圧です。
 裂肛では、排便時に肛門上皮に傷がつき、痛みによって内肛門括約筋の緊張が強くなってきます。この内肛門括約筋の緊張を把握するために最大肛門静止圧を測定します。また内痔核の手術を行った際に、内肛門括約筋の緊張が強い患者さんが術後の疼痛が強い傾向があります。術前に最大肛門静止圧を測定することで、術後の疼痛の程度を予測することができますし、内肛門括約筋の緊張が極端に強い場合は、手術の際に括約筋の緊張を十分にとる処置を加えることで、術後の痛みが軽減されます。
 今回はそれぞれの疾患において、術前の最大肛門静止圧(MARP)に関して比較検討した発表を紹介します。
 今回は発表内容を論文形式で紹介します。

発表内容

 

【はじめに】
  肛門機能をみる際に、肛門・直腸内圧検査は重要な検査の一つである。また、肛門疾患の病態をみるうえでも肛門直腸内圧検査は有用である。例えば、裂肛などでは排便時の疼痛による内肛門括約筋の緊張の程度を把握する方法でもある。内痔核に対して結紮切除を施行する際にも術後の疼痛に関して、術前の最大肛門静止圧がある程度関与していることもわれわれは以前に報告した。このように、内圧を測定することは、肛門の機能や、肛門疾患の病態、さらに術後の疼痛を知るうえで重要な検査である。しかしながら肛門疾患に関して各疾患の内圧に関しての精細な報告は認められない。 今回われわれは、手術を施行した内痔核、痔瘻、裂肛の3疾患において、術前の最大肛門静止圧(以下MARPとする)について年齢別に、また各疾患間で比較検討した。
【対象】
 平成10年8月〜平成17年3月までに、術前にMARPを測定した内痔核1533例(男性792例、女性741例)、痔瘻455例(男性380例、女性75例)、裂肛448例(男性146例、女性302例)を対象とした。【方法】
 年令を30歳以下、40歳以下、50歳以下、60歳以下、70歳以下、71歳以上と10才間隔に区切り、各疾患で年齢層間、男女間の術前MARPの関連性を検討した。また、各疾患間でも術前のMARPを比較検討した。内痔核に関しては、1箇所、2箇所、3箇所以上に分けて比較した。最大肛門静止圧の測定にはコニスバーグ社のカテーテル型圧力トランスデューサー(Model No.P31)を用いた。測定の際は、被験者を左側臥位にしてトランスデューサーを挿入し、引き抜きで内圧を測定した。統計学的検討は、各群間における分散分析を行ったうえで、2群間の比較にはポストホック・テストで行い、p<0.05をもって有意差ありとした。
【結果】
 ①内痔核に関して。
 内痔核の術前MARPは、1箇所、2箇所、3箇所とも年令とともに男女とも低下していく傾向があった。
  男性では、内痔核1箇所の場合30歳以下群から60歳以下群までは術前のMARPが年代とともに低下する傾向があるものの有意な差は認めなかった。30歳以下群では70歳以下群と71歳以上群との間に有意差を認めた。40歳以下群から70歳以下群までは71歳以上群とのみ有意差を認めた。内痔核2箇所の場合は、30歳以下群では60歳以下、70歳以下、71歳以上の3群との間で有意差を認めた。また、40歳以下群、50歳以下群、60歳以下群では内痔核1箇所と異なり、さらに70歳以下群との間にも有意差を認めた。内痔核3箇所では、30歳以下群から50歳以下群までには有意な圧の差は認めなかった。30歳以下群と40歳以下群では60歳以下群以上と有意差を認めた。50歳以下から70歳以下群ではそれぞれ71歳以上群との間で有意差を認めた。
  女性では、内痔核1箇所の場合30歳以下群から50歳以下群までは術前のMARPが年代とともに低下する傾向を認めたが有意な差は認めなかった。30歳以下群では60歳以下群以上との間に有意差を認めた。40歳以下群から60歳以下群までは、70歳以下群以上との間に有意差を認めた。内痔核2箇所では30歳以下群は他の群との間で有意差を認め、40歳以下群では70歳以下群以上との間に有意差を認めた。しかし50歳以下群以上では書く群間に有意差は認めなかった。内痔核3箇所では30歳以下群から50歳以下群までそれぞれ60歳以下以上との間で有意差を認めた。60歳以下群も70歳以下群以上との間で有意差を認めた。
術前MARPを男性と女性とで内痔核の切除個数で比較した。1箇所切除では、50歳以下群と71歳以上群の2群で有意差は認めず、他の4群では有意に男性のほうが術前MARPは高かった。2箇所切除群では、有意に男性で圧が高かった群は40歳以下群、50歳以下群、60歳以下群の3群で、他の3群は男女間に有意差は認めなかった。3箇所以上切除群になると、70歳以下群でのみ男性で有意に圧が高く、他の5群では男女差は認めなかった。各年代群で内痔核の切除個数間での術前MARPを比較してみると、男性では60歳以下群の1箇所切除と3箇所以上切除した群間と、2箇所切除と3箇所切除群間および70歳以下群の1箇所切除と2箇所切除との間に有意差を認めるのみでほとんどが有意差を認めなかった。女性ではさらに70歳以下群の2箇所切除と3箇所切除の間にのみ有意差を認めるのみであり、各年代では内痔核の切除個数では術前のMARPにはほとんど有意差は認めなかった。
②痔瘻に関して。
 男性では、30歳以下群では40歳以下群と50歳以下群との間では有意差は認めなかった。それ以上の3群との間では有意に30歳以下群で有意に術前のMARPが高かった。40歳以上群では、50歳以下群と60歳以下群との間では有意差は認めなかったが、それ以上の2群の間では有意に40歳以下群で圧が高かった。50歳以下群では60歳以下群とは有意な差は認めなかったが、それ以上の2群間では有意に50歳以下群で圧が高かった。60歳以下群、70歳以下群、71歳以上群の3群間ではいずれも有意差は認めなかった。年齢とともに術前のMARPは低下する傾向にあった。
 女性では、30歳以下群と50歳以下群、40歳以下群と50歳以下群、50歳以下群と60歳以下群との間のみ有意差を認めたが、それ以外の群間には有意差は認めなかった。女性では、症例が少ないことも影響したのか、50歳以下群の術前のMARPが特に低く男性のように、年齢とともに術前のMARPは低下してこなかった。
 男女差に関して。
 男女間の術前のMARPを比較すると、30歳以下群と50歳以下群との間で有意に男性の圧が高かった。女性の痔瘻の症例が少ないのも影響したのか、女性の50歳以下群での内圧が極端に低かった。また内痔核と異なり、男女間の内圧の差はあまり認められなかった。
 痔瘻と内痔核との比較
 男性では、50歳以下群、60歳以下群、71歳以上群の3群でそれぞれ内痔核3箇所との間で有意に痔瘻のほうが術前の圧が高かったのみで、他の群間では有意差は認めなかった。
  女性では、50歳以下群と70歳以下群の2群でそれぞれ内痔核3箇所との間で有意に痔瘻で圧が高かったのみで、男性同様他の群間では有意差は認めなかった。
 ③裂肛に関して。
  裂肛では、MARPは男性では年齢とともにMARPが高くなる傾向を認めたものの、男女とも年齢間に有意な圧の差は認めなかった。男女間の比較では、30歳以下と50歳以下の2群間には有意差は認めなかったが、他の年代間では有意に男性のMARPが高値であった。30歳以下、50歳以下の群においても、男性で圧が高い傾向にあった。
  内痔核との比較では、男性では30歳以下の群では裂肛と内痔核の各個数間では術前MARPには有意差を認めなかった。また、50歳以下の群で裂肛と2箇所内痔核との間にも有意差は認めなかった。それ以外の年代では、いずれの群でも裂肛の方が術前のMARPは有意に高値であった。女性では、30歳以下の群で内痔核2箇所および3箇所の間で有意差を認めなかったのと、40歳以下の群で内痔核3箇所との間で有意差を認めなかった以外は、各年代間で裂肛の方が有意に術前のMARPが高値であった。
  裂肛と内痔核との比較
  男性では、30歳以下群では内痔核1箇所、2箇所、3箇所との間でいずれも有意差は認めなかった。50歳以下群で、内痔核2箇所との間に有意差は認めなかった。これ以外ではすべての群で裂肛のほうが術前のMARPは有意に高かった。
  女性では30歳以下群で、内痔核2箇所、3箇所との間で有意差を認めなかったのと、40歳以下群で内痔核3箇所との間で有意な圧の差は認めなかったのみで、これ以外ではすべての群で裂肛のほうが術前のMARPは高値であった。
【考察】
 肛門疾患の病態や、成因を考えるうえでMARPの測定はある程度の情報をあたえてくれると検査だと考えている。今回われわれは、内痔核、痔瘻および裂肛に関して術前のMARPについて、年代差、男女差、さらに各疾患間における差を検討した。
  内痔核に関して。
  男性においては、すべての群間に有意差は認めなかったがものの内痔核の個数に関係なく、加齢とともに術前のMARPは低下していく傾向を認めた。この傾向は女性にも認められた。内痔核の個数による術前のMARPを各年代で比較した。男性では60歳以下群の1箇所切除群と3箇所切除群と2箇所切除群と3箇所切除群の間で有意差を認めたのと、70歳以下群の1箇所切除群と2箇所切除群との間に有意差を認めたのみで、各年代では内痔核の個数間には有意差は認めなかった。女性でも同様の結果で、70歳以下群の2箇所切除と3箇所切除群との間でのみ有意差を認めた。このことから、内痔核の切除個数と術前のMARPとの間には関連性は認めないと考えられる。したがって、内痔核の発生に関してはMARPの違いによってではなく、随意圧や随意圧とMARPとの差などが関連してくるのではないかと思われ、今後検討をしていく必要がある。また、年齢とともにMARPが男女とも低下する傾向にあるが、各年代で内痔核の個数間に有意差が認められなかったことから、健常人でも同様の傾向があると推察する。しかしながら、痔核根治術術前後の肛門機能に関しての発表で、対象群内では年齢によるMARPの差を認めず、痔核患者群で若年者群は高齢者に比して高値を示したと*)の報告もあることから、健常人のMARPの年齢による変化も今後検討の課題であると考える。
  痔瘻に関して。
  男性では、年齢とともに術前のMARPは低下していく傾向にあるが、有意差がでるのは30歳以下群では60歳以下群以上、40歳以下群では70歳以下群以上、50歳以下群でも70歳以下群以上であり、60歳以下群以上の群間には有意差は認めなかった。また30歳以下群、40歳以下群、50歳以下群との間でも有意差は認めなかった。
  女性では、痔瘻の症例が男性のように多くないことや、50歳以下群の術前のMARPが極端に低かったこともあり、男性のように各年代間にあまり有意差は認めなかった。特に30歳以下群や40歳以下群の若年群でも60歳以下群以上との間で有意な差は認めなかった。
  このことから、痔瘻に対して手術を施行する際に男性では年齢とともにMARPが低下していくことを考えると、手術術式を選択する際にはやはり年齢を考慮する必要があり加齢とともに括約筋を温存する術式を念頭におかなければならないと考える。また女性の場合では男性と異なり各年代間にMARPの差があまり認められないことから、全年齢を通じて括約筋の温存には配慮する必要があると考える。
  内痔核との比較では、男性では痔瘻の50歳以下群、60歳以下群、71歳以上群で内痔核3箇所群との間で有意に痔瘻のほうが術前のMARPが高かったが、それ以外の群間では有意差は認めなかった。ただ各年代間を通してみると、内痔核と比較して痔瘻はMARPが高い傾向にあった。これに対して女性では、70歳以下群で内痔核3箇所群との間で有意に圧が高かったのみで、他の群間には有意差はなく、各年代を通してみても男性と異なり、内痔核と比較して圧の差は認めなかった。このことから、男性においてはMARPの高さも痔瘻の発生にある程度関与しているのではないかと考える。これに対して女性の場合は男性と異なりMARPとの関連性は少なく、男性とは発生の原因が異なるのではないかと考える。今後、男女間の痔瘻の発生の違いを検討する必要がある。
  裂肛に関して。
  裂肛では男女とも内痔核と異なり年齢とともに術前のMARPの低下はなく、各年代間に有意な圧の差は認めなかった。また、内痔核と比較しても男性では30歳以下群と内痔核1箇所2箇所3箇所の各群間と、50歳以下群と内痔核2箇所との間でのみ有意差を認めず、女性でも30歳以下群で内痔核2箇所および3箇所の間と、40歳以下群と内痔核3箇所との間でのみ有意差を認めなかった以外は裂肛のほうが有意にMARPは高値であった。したがって、MARPにおいて、肛門括約筋のうち内肛門括約筋が80%の影響を与えて得ているとされていることから、このことは疼痛が原因で内肛門括約筋と緊張が高くなったことを示していると推察され、裂肛に関してはMARPが病態に大きく関与していると考えられる。ただ30歳以下群においては、裂肛と内痔核との間ではMARPの差があまり認められないことから、30歳以下群のMARPの健常人の値がわからないが、裂肛に対して手術を施行する際にMARPが高いことだけで手術適応を決めないほうがよいのではないかと考える。また裂肛に対して手術を施行する際も各年代の健常人の正常値に近づけるように括約筋を切開する必要があると考える。このことからも今後健常人の各年代ごとのMARPの正常値を求めていかなければならないと考える。