裂肛は排便時に便が硬かったり、反対に下痢だったり、また、柔らかいけれども頑張らないと便が出なかったり、便の状態が悪い時に排便時に肛門に傷がつく病気です。
最初は、転んで怪我をするのと似ています。転んだら怪我をする。でも転ばなければ怪我は治っていく。と同じように、便の状態が悪くて肛門に傷がつく。この傷のことを裂肛と呼んでいるだけで、便の状態が良ければ傷、裂肛は治っていきます。ただ、切れたり治ったりを繰り返していくうちに、裂肛が治りにくくなったり、傷つきやすくなってしまいます。この原因が肛門の緊張。内肛門括約筋の緊張があります。痛いと肛門が閉まる。痛いと閉まるということを繰り返していくうちに、内肛門括約筋の緊張が強くなっていきます。内肛門括約筋の緊張が強くなって、肛門のしまりが強くなっていくと、柔らかい便であっても排便時に痛みがでて、さらに肛門のしまりが強くなる。と言ったように悪循環に陥ってしまいます。
したがって、裂肛の治療は、この強くなってしまった、緊張が強くなった内肛門括約筋の緊張をとって、元の状態に戻すことで良くなります。言ってみれば柔軟体操のような感じです。裂肛の手術もこの緊張の強くなった内肛門括約筋の緊張をとることが目的です。内肛門括約筋の緊張をとり、正常に戻すことで裂肛は治っていきます。
今回紹介する発表内容は、この肛門のしまり具合、内肛門括約筋の緊張の程度を比較してみました。
最大肛門静止圧は内肛門括約筋の緊張をみるために測定します。最大肛門静止圧が高ければ、内肛門括約筋の緊張が強く、低ければ、内肛門括約筋の緊張が弱いということになります。
発表内容
裂肛の原因の一つに内肛門括約筋の過度な緊張があります。今回我々は、裂肛に対して側方皮下内肛門括約筋切開術、以下LSISを施行した症例に関して、術前と局所麻酔後の最大肛門静止圧を測定することで、裂肛患者における内肛門括約筋の緊張の程度を年齢や性別によって比較検討しました。
対象は、平成10年9月から平成19年4月までにLSISを施行した症例で、術前及び局所麻酔後に最大肛門静止圧を測定した512例、男性174例、女性338例としました。
方法は、症例を30歳以下、40歳以下、50歳以下、60歳以下、70歳以下、71歳以上の6群に分類しました。
最大肛門静止圧は術前及び局所麻酔後に測定しました。いずれも左側臥位で測定しました。また、局所麻酔は1%塩酸プロカインを用いて施行した。
また、局所麻酔後の最大肛門静止圧の低下率を、各年齢間及び男女間で比較検討しました。
年齢別患者数を男女間で比較してみると、女性では、20歳代が最も多く、年齢と共に減少していくのに対して、男性では、40歳代にピークがあり、それ以降年齢と共に低下していく傾向があり患者数のピークに男女差を認めました。
男性で術前の最大肛門静止圧と局所麻酔後の低下率を年齢別に比較してみました。術前の最大肛門静止圧は、年齢間に有意な圧の差は認めませんでした。これに対して、局所麻酔後の低下率は、有意差は認めませんでしたが、年齢と共に低下率が小さくなる傾向が認められました。
女性でも同様に術前の最大肛門静止圧と局所麻酔後の低下率を年齢別に比較してみました。
術前の最大肛門静止圧は男性同様に、各年齢間に有意な圧の差は認めませんでした。これに対して、局所麻酔後の低下率は、女性の場合は年齢と共に有意に小さくなりました。
男女間で術前の最大肛門静止圧と局所麻酔後の低下率を比較してみました。
術前の最大肛門静止圧は男性のほうが高い傾向にありました。これに対して、局所麻酔後の低下率に関しては、女性において低下率が大きい傾向にありました。
以上より、男女とも若年者では術前の最大肛門静止圧は高いにもかかわらず、局所麻酔後の低下率が大きいことを考えると、局所麻酔を行うことで内肛門括約筋の緊張が十分にとれることになり、若年者の場合、裂肛の原因には内肛門括約筋の緊張が大きく影響しているのではないかと考えます。これに対して、年齢と共に術前の最大肛門静止圧には有意な差が認められないにもかかわらず、局所麻酔後の低下率が年齢と共に小さくなっていくことから、年齢と共に内肛門括約筋の緊張だけでなく、瘢痕形成などのほかの要因も裂肛の原因に加わってくるのではないかと考えます。
以上のことをふまえて、裂肛に対して施行する手術術式の選択の際に、年齢や最大肛門静止圧の低下の程度などを考慮することも必要であると思います。
抄録を紹介します。
抄録
内肛門括約筋の緊張が裂肛の一因とされている。今回我々は、裂肛に対し側方皮下内肛門括約筋切開術(以下LSIS)を施行した症例に関して、内肛門括約筋の緊張の程度を年齢や性別によって比較検討した。
【対象】H10年9月から平成19年4月までに、LSISを施行した症例で、術前及び局所麻酔後に最大肛門静止圧(以下MARP)を測定した男性174例、女性338例を対象とした。
【方法】症例を年齢別に30歳以下、40歳以下、50歳以下、60歳以下、70歳以下、71歳以上の6群に分けた。術前及び局所麻酔後にMARPを測定、
MARPの低下率(100-術前MARP-局所麻酔後MARP×100)を算出し、各年齢群間及び男女間で比較検討した。なお、局所麻酔は1%塩酸プロカインを使用した。
【結果】男性は30歳以下が19例、40歳以下38例、50歳以下41例、60歳以下36例、70歳以下26例、71歳以上14例であった。低下率はそれぞれ75.9±11.1%、72.9±13.3%、69.7±17.2%、68.1±10.7%、68.0±14.0%、64.0±21.6%であり、30歳以下の群と60歳以下、71歳以上の群との間および40歳以下の群と60歳以下の群で有意差(P<0.05)を認め、その他の各群間では有意差を認めなかった。女性は、30歳以下が133例、40歳以下72例、50歳以下58例、60歳以下41例、70歳以下20例、71歳以上14例であった。低下率はそれぞれ83.8±9.9%、77.5±16.6%、77.9±11.1%、72.9±16.7%、70.8±10.2%、71.4±12.0%であり、30歳以下の群は他の群より有意に高値であった(P<0.05)。また、 40歳以下の群も70歳以下、71歳以上の群より低下率が高値であり(P<0.05)、 年齢とともに低下率が低くなる傾向を認めた。男女の低下率の比較では、70歳以下と71歳以上の群以外で女性の方が有意に高値を示した(P<0.05)。
【まとめ】裂肛患者におけるLSIS施行前及び局所麻酔後のMARPについて検討したが、女性では年齢とともにMARPの低下率が有意に低下し、男性でも有意差は認めないものの同様の傾向を認めた。このことから、若年者では内肛門括約筋の緊張が裂肛の病態に関与し、高齢になるにしたがい瘢痕形成などの他の要素も関連してくると考えられた。