渡邉医院

90年を超えて。

 今日、92歳の方にジオンによる痔核硬化療法、ALTA療法を行いました。とてもお元気な方で、予定通りに治療を終えて、元気に帰宅されました。
 私がこれまで手術をした最高齢の方は97歳の方でした。痔核根治術をして予定通りに具合よく治癒されました。

 肛門の手術に関しては、術後の経過には、あまり年齢差などの個人差は内容です。特に渡邉医院では、肛門周囲の局所麻酔のみで手術をします。ですから、術前の絶食や術後の絶食もありません。普段通りの生活の中で手術ができます。
 全身麻酔などによる侵襲が高い、体に負担がかかる麻酔や手術では、やはり年齢差などの個人差が出てくるのだと思います。

 また、最近ではこれまで痔核根治術が必要であった内痔核もALTA療法という治療法が出現して、傷ができずに治すことができるようになったことも大きな変化だと思います。内痔核に対しては様々な治療法があります。高齢だからと言って外科的治療をあきらめる必要はないと思います。その方にあった、治療法を選択していくことで、日常の嫌な症状を取り除き、快適な生活を送る選択をした方がいいと思います。

 さて、今日92歳の方の治療をしてふと思ったことが、私の父は昭和3年生まれ。今生きていれば93歳。ほぼ同じ年代なんだなと思いました。90歳を超えても元気な方は本当に元気だなあと思いました。

 私の父は京都生まれです。私の祖父が開業後に生まれました。そうすると渡邉医院も、もう93年を過ぎたんだなあと感じました。目指せ100年ですね。

 祖父が京都で開業した当初にこんなエピソードがあったそうです。ちゃぶ台で祖父と祖母がお茶を飲んでいた時、「こんにちわ。」と訪ねてきました。祖父はその声に、「どなたですか?」と。そうするとその人は「患者です。診察お願いします。」と。開業当時はのんびりしていたのですね。

 こんなこともあったのか、祖父は父が一緒に渡邉医院で診療するために京都に帰ってくるまでは、休みなし。11日のお正月だけを休んで、それ以外は日曜、祝日なしで診療をしていました。父が帰ってきたから少しづつ休みを増やしていったそうです。11日には看護師さんたちを自宅に招いてお正月を祝っていたようです。

 看護師さんもその当時、看護学生さんと一緒に診療所に住み込みで働いていました。祖父の出身が佐賀県で、出身地の中学校を卒業後、京都に出てきて渡邉医院で仕事をしながら住み込みで看護学校に通っていた方が数名いらしゃいました。一番古くから住み込みで渡邉医院で仕事をされていた方が退職された後から、今のような体制になったそうです。

 治療法に関しては、祖父が京都に開業した当初から痔核硬化療法を行っていました。現在はパオスクレ―と言って5%フェノール・アーモンドオイルやジオンという痔核硬化剤がありますが、そのころは祖父が独自で痔核硬化剤を作って治療に使っていました。第2リン酸カルシウムグリセリン懸濁液という痔核硬化剤を調合し、内痔核の出血に対して痔核硬化療法を行っていました。のちにパオスクレ―が開発され、パオスクレ―による痔核硬化療法が保険診療に収載されることが決まった時は、とても喜んでいたそうです。

 やはり渡邉医院は90年以上の歴史があります。祖父の時代、それより以前の肛門科医の知恵と工夫、そして努力が今に至っているのだと思います。私も、今後の肛門科のためにできることをしっかりしていきたいと思います。
 今日、92歳の方の治療をしたことで、昔のことを考え、今後へつなげる気持ちがさらに沸いてきました。
やはり患者さんが、私たち医師を育てていくのですね。