渡邉医院

手術は頭でする。

 前回、「手術を進める右手、「場」をつくる左手」というお話をしました。今日は、「手術は頭でする」というお話をしたいと思います。

 父が私によく言っていた言葉に、「手術は手でするのではなく、頭でするものだ。」という言葉があります。「目の前にいる患者さん、一人一人をしっかり治していくことが大切だ。」という言葉と同様に、私の心に残る言葉です。

 さて、私が大学の外科の医局にいたころ、医師になって1年目、初めてする手術は急性虫垂炎、盲腸の手術です。その頃は医師国家試験に合格して、医局に入るのが6月でした。
 
6月から本格的に外科医として、医師としての研修を受け、一人前の外科医に向かっての歩みが始まります。患者さんの診察の仕方、点滴の内容や指示の出し方、処方の仕方、検査の出し方、そのみかた。外科の手技としては糸結びの練習、局所麻酔や縫合の仕方などなど、様々な研修や練習が始まります。そういった研修を続け、夏休みが終わったころにいよいよ実際の手術の経験を患者さんですることになります。
 
その一番初めにする手術が急性虫垂炎です。手術の際は講師以上のベテランの先生が前立(執刀医の前に立って手術をサポートするので「前立」といいます。)、第一助手として指導して下さいました。同僚が手術をしていく中、急性虫垂炎の患者さんはいつ受診されるかわからないため、いつ受診されても大丈夫なように、手術のシミュレーションをいつも頭の中で繰り返し行っていました。
 皮膚切開をして、筋層を広げ、腹膜を切開する。その時はどこを何を使って把持するか。また虫垂を探し確認する方法はどうするか。結腸紐をたどっていくと虫垂に到達するとか、虫垂を確認出来たら何を使って虫垂の根部を把持するか。炎症を起こした虫垂を切除したらどのように切除した断端を処理するのか。タバコ縫合はどうするか。切除した後何に注意して観察しなければならないか。ドレーンを置くのか置かないのか。閉腹する手順はどうするか。等々頭の中で何度もイメージしていきます。またトラブルが起きるとしたらどのようなことが起きるのか。起きたときの対応の仕方はどうするのか。といろんなことを頭の中で想定してイメージしていきます。
 そんな中、先輩の医師がよくこんなことを言っていました。「お前、何回頭のなかで手術してきた?」手術に際しては頭の中で何度も何度も繰り返し手術をしていろんなトラブルなどのケースを想定してどう対処するかなど、常にイメージすることが大切だあること。その毎日のイメージトレーニングが手術を上達させることだということを先輩は私たち後背に教えていました。
 また、手術をした後の手術記録を書くこと。これも私たちにはとても勉強になります。行った手術を振り返り、もう一度手術を頭の中で繰り返しながら、術中に起こった問題点をどう解決していったらいいかを考えるいい時間です。こういったことを繰り返すことで外科医は手術の腕を上達させていきます。

 父がいった「手術は頭でするものだ。」の一つの意味はこのことです。
「手術は手でなく、頭でするものだ」のもう一つの意味は、いくら手先が器用でも、手術をする部分の解剖的な構造やどこにどのように血管が走行しているのか。手術を行う前にどのようなデザインで手術をしていったら術後の経過が良くなるか。どんなデザインにするのか。今、手術で剥離している部分はどこなのか。正しい手術層で剥離しているのか。そういったことがしっかりと頭の中に入っていて、そのことを実行できることが大切で、いくら手先が器用でも、頭がなければ手術はできないという意味を教える言葉です。

このように、実際には手術をしていなくても、頭の中では何回も何回も手術をすることが可能です。そのことを繰り返すことで、患者さんに最善の手術を提供できると感じています。